目指す世界や顧客のペインを小説で表現し、ビジョンの理解を深めた。株式会社カミナシの『SFプロトタイピング小説』でイメージしやすいビジョンを策定 #WORKDESIGNAWARD2022
「WORK DESIGN AWARD」は、働き方をアップデートするために奮闘する組織や人を応援したいという思いから創設されたSmartHR主催のアワード。2回目の開催となる2022年は、全7部門(公募は6部門)を設け、合計で100近くの企業や団体から応募が集まりました。
そのなかでニューカルチャー部門を受賞したのは、株式会社カミナシの『SFプロトタイピング小説』。社員数が増えていくなか、全員が同じ目標を共有して働けるよう、会社のビジョンを小説で表現しました。
「カミナシの2030年の未来を想像する」というテーマから生まれた小説は、どのようにビジョンを伝えているのでしょうか。代表の諸岡裕人さんに伺いました。
さらに先へ進むためには、ビジョンの明確化が必要だった
事業や社員数の拡大とともに、ビジョンやミッションの共有がうまくいかなくなるのは、成長期の企業でよく見かける課題です。2年ほど前、株式会社カミナシもまさにこの局面を迎えていました。
「あるとき、採用面接で『カミナシはどんな未来をつくりたいですか?』と聞かれて、うまく答えられないことがあったんです。今までは起業ストーリーや事業ピボットの話に興味を持ってくれるメンバーが多かったのですが、事業のフェーズが変わったことで、未来の話に共感してもらう必要性が出てきたんだと思います。当時、言葉として『ノンデスクワーカーの才能を解き放つ』というミッションを掲げ、みんなが共感してくれていたものの、社内ですら解釈がバラバラで、正直な話うまく機能していませんでした。カミナシがミッションの先に目指す世界を捉えるためには、もっと具体性のあるビジョンを立て、社内外に示す必要性があると痛感しました」
しかし諸岡さんには、キーフレーズと短いディスクリプションだけのありきたりなビジョンは、物足りなく感じられました。
そしてヒントを探すうちに出会ったのが『SFプロトタイピング小説』。SF的な発想をもとに未来の世界を物語化することで、目指す未来像を議論・共有するメソッドです。
「すぐさまワークショップに参加し、『2050年の投資家に自分の事業をピッチする』というテーマでショート・ショートを書きました。それがめちゃくちゃ面白くて! 目指す未来を考えて表現するのはこんなに楽しいんだと驚きました。帰りの電車でも書き続け、気づけば15000文字を超える小説ができていたんです(笑)。しかもこの形式なら、短いフレーズでは抜け落ちてしまう内容も過不足なく伝えられるという確かな手ごたえもありました」
物語のなかで鮮やかに浮かび上がる、目指す世界や顧客のペイン
これが、実際にできあがった小説の冒頭です。食品サプライチェーンの工場で、現場の作業を改善しようとする社員や、その課題解決に寄り添い、本気で手を尽くすカミナシ社員。その先に見えてくる「ノンデスクワーカーが挑戦し、報われる世界」を、全4章からなる短編小説で描いています。
「カミナシを使っていただく側のキャラクターにもスポットライトを当て、業務改善しきれずに失望して辞めていく若手社員や、それに触発されて動き出す中堅社員を描きました。その結果、カミナシの社員が『小説であの人が感じていた課題だな』『それを解決するために、僕らのサービスが必要なんだ』と、今後目指すところを直感的に理解できるようになったと思います」
時代設定を2030年あたりにしたのは、もう少しで手が届く範囲の未来だったから。ワクワクしながらも、この未来を実現したいと本気になれるラインというわけです。執筆には、もちろん大きな苦労がありました。大筋のストーリーはワークショップで書いたものを下地に、諸岡さんが執筆。しかし「代表が書いた小説で空振りしたら寒すぎる(汗)」と、社内から心配の声も上がったといいます。そのリスクを下げるため、SFプロトタイピングのワークショップを開催しているプロの小説家・小野美由紀さんに依頼し、リライトをかけることでクオリティを担保しました。
「社内で2日間のワークショップを実施し、社員にも『カミナシの2030年の未来を想像する』というテーマでショート・ショートを書いてもらいました。良い案があれば、ビジョンのストーリーに反映しようと思っていたんです。みんな楽しいアイデアを出してくれましたが、『理想の未来』と『そのためにカミナシが何をするか』『なぜカミナシがそれをやるのか』を接続するのが難しく、エピソードとしてひとつふたつ採用するにとどまりました。ただ、そうやって執筆を体験してもらうことで、難しさや意義が伝わり、完成したビジョン小説が受け入れられやすくなったと思います。また、小説だけでは読まれない危険性もあるため、対外的には短いキーフレーズやダイジェスト版も用意しました。お互いが意味を補完し合い、それぞれの役割を果たすものになっています」
新たな挑戦をするたび、この小説がよりどころになる
他に例のないビジョン小説は、とても好評だとか。特に面接候補者からは「カミナシが目指す世界の解像度が上がった」「自分の人生をかける甲斐がある」などのコメントがあったそうです。
「自らの仕事を通じて社会に良いインパクトを与えたいと思っている方には、とりわけ深く“刺さって”いますね。そうした方々が、まさに僕たちが求める人材。小説という下地があることで説明の手間が省けたため、面接時間は相手を知り、こちらに興味を持ってもらうためのコミュニケーションだけに集中できるようになりました」
また、ミッションやバリューをまとめたカルチャーブック「KAMINASHI BOOK」のなかにも、ビジョンの小説が収められています。このブックは、半期に1度実施されている社内ワークショップで必ず使うもの。読んでもらう以外に浸透を図ることができない小説だからこそ、物理的なブックとして渡すことで、社員の目に入る機会を増やしているのです。
「事業規模が徐々に大きくなり、『ARR (年次経常収益)100億円』など具体的な数字目標を掲げたとき、社内から『そんな目標はワクワクしません』という声が聞かれるようになりました。今から思えば、ビジョンが明確ではなかったために、数字の目標だけが独り歩きして感じられたのだと思います。でも、小説ができてからは『このビジョンを実現していく』『そのためにもARRの目標がある』と両輪を示せるようになり、社員の納得感も深まってきました。ロマンとビジネスを、バランスよく伝えられるようになったんです」
シード期は、事業を軌道に乗せることで精いっぱい。少し落ち着いてから、ようやくバリューやカルチャーを考えられる。でも、また事業のフェーズが進んだら、権限移譲や人員増加もあり、ビジョンの共有が揺らいできて……。諸岡さんは、ベンチャー企業にはそうした波があると指摘します。
「ここまでしっかりとビジョンづくりに向き合うことができたから、しばらくは事業に集中できると思います。とてもカロリーの高い作業でしたが、取り組んだだけのリターンは確実にありました。先日は、シリーズBラウンドで資金調達を実施し、オールインワンプロダクトをつくっていく『まるごと現場DX構想』を打ち出しました。こうした新たな挑戦をするたびに、ビジョン小説が拠りどころとなり、僕らの事業を支えていると感じます」
文:菅原さくら
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