「感情マネジメントの実践」

最近、古い知人との間にあった確執が私の中で爆発し、
かなりモヤモヤすることがあったのだが、
この状況から早くリカバリーしたいと考え、
自分なりにこのモヤモヤと向き合ってみた。

最初は、99%相手が悪く、自分は間違ってないと思っていたが、
これだとどうにも消耗するばかりで、最悪の結末を迎えそうな
危機感に襲われたため、これを何とかしたいと思い、
この問題に向き合ってみようと思った次第である。

そこで、まずは自分の中にある錯綜した思考を整理してみようと思ったのだが、経験上、こういう整理作業をするときにはマインドマップが有効だ。

そこでマインドマップを用いてこのモヤモヤにおける自分の思考を
整理してみると、何と不思議なことに、それまで脳内の殆どを占めていた
「嫌な相手」の存在が薄れていき、純粋に自分の問題として向き合うことができたのだ。

最初は、99%相手に非があると思えたこのモヤモヤ事件だったが、
自分の問題にフォーカスすることで、自分の過失割合が3割程度は
あるように思えてきたのだ。

これには、かなり驚き、興味深く感じた。

僅か数時間前まで私が陥っていた「99%相手が悪い」という前提では、
この怒りは純粋で真っ当なものであり、相手方は悔い改めなければならないという「勧善懲悪」ばかりを考えていたため、
自分の問題部分に目を向けることはとても難しかったからだ。

この変化に嬉しくなり、さらに作業が捗っていく。
自己の怒りとこれまでの類似パターンを書き出して可視化し見つめなおしてみると、更に自分の根っこの部分にまだ及んでいく。

そうなると、もはや「不快な相手の言動」というのは、自分の問題の本質ではなく、単なる自分の問題反応のキッカケに過ぎないものだと思えてくる。

ところで、この作業にスムーズに着手できた要因としては、
まず最初に「自分が大切にしていること」を書き出したことである。

なぜならば、モヤモヤの原因の殆どは「自分が大切にしている想い」が
侵害されたと感じることで発生すると考えたからである。

しかし、いざそれを書き出して改めて眺めて見ると、
果たしてそれは、相手にとっても大切に感じられるものか分からない。

それなのに、「自分が大事にしていること(想い)を相手も当然理解して尊重すべきである」という前提を持ってしまっている。

それが、「自分が大切にしていることを軽視された」という怒りの土台となっていることに気づかされたわけである。

特に「想い」というのは目には見えにくい要素であり、
元々コミュニケーションが著しく不足していたその相手と
それを共有することは難しい。

ということは、自分が相手に抱いていた怒りとは、
全く手順を踏んでいない理に適っていないものなのである。

私は、愚かさの一つの形態として、「対話の素地が無い状態で、自分の想いの理解を求める事」を挙げているが、まさに自らこの愚行を犯してしまっていたことに気づかされた次第である。

自分の愚を自覚できれば、他責思考もかなり軽減される。
愚を自覚することはそれなりに痛みを伴うが、
その後に得られる解放感の方が遥かに大きいことを知っておきたい。
いうなれば、これは「極めてハイリターンな投資」の一つなのだと思う。

また、この作業を通じて感じたことは、モヤモヤの元凶は、
「自分の不完全さを棚に上げて、自分の正義感でもって、相手の欠点を断罪しようとする」ことにあるということだ。

これは私だけではないと思うが、表面上は「私なんて未熟者です」と謙遜していても、実は、「自分はちゃんとやっているのにそれに比べてあの人は・・・」とまるで自分が完璧にできているかのように、
「自分の要求水準を満たしていない他者」を攻撃しているのである。

このことを実感し、「99%相手が悪い」と他責思考に陥っていた
自分の未熟さを痛感してしまったが、

「相手が絶対に間違っている!」と思っている時にこそ、
その思い込みを生み出した自分の価値観やその背景にある自動思考
と向き合い、自分の認知の歪みや未熟さを自覚することなのだと思う。

ほんの数時間前は、モヤモヤ事件の99%は相手に非があると思い込んで
相手を恨んでいた。

しかし、今は相手の言動はまだ自分の理解の範疇を超えているものの、
それに対する自分の反応の仕方には過激さがあることを理解し、

その過激さ故に自分の中でそのモヤモヤを反芻し、
相手への憎悪を増幅させていたのだという自分の問題に気づき、
その改善のために意識を向けることができている。

これは言い換えると、自分のリソースの配分先を
「間違っている相手と戦い、悔い改めさせる」ことではなく、
「自分を苦しめている認知の歪みから自分を解放させる」ことに
変えることができたのだ。

長年の確執が解消されにくかったのは、
全か悪かの二元論に陥ったままで、
理解しがたい相手の言動でも無理くり受け入れて
無理くり許そうとあれこれこねくり回していたからだ。

大事なことは、「自分を被害者に位置付けないこと」なのだと思う。
そのためには「自分の中の何が、その出来事でのモヤモヤを大きくしているのか」という部分に関心を持つことである。

無神経な相手から不快な思いをされた可哀想な被害者だと思うから、
加害被害の関係でその出来事を捉え、「復讐心」というこれまた厄介な感情まで引っ張り出すことになってしまい、さらに物事を拗らせてしまうのだ。

そうではなく、「自分がなぜそこまでモヤモヤしているのか」について、
関心を向けること。

そうすることで、被害者意識で誰かを責めたがる弱い立場ではなく、
自己を探求する力強い立場に瞬間移動することができるのだ。

そうなった時には、腹立たしい相手の存在を薄めることができ、
その分、自分自身のやらかしパターンと向き合うスペースが確保できるのだ。

腹立たしい相手の言動を反芻すること、
自分自身のやらかしパターンと向き合うこと、

そのどちらもエネルギーを要することだが、
同じエネルギーを使うのならば、
浪費ではなく投資に配分したい。
 

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