雨、視界不良

  雨の日のみ一緒に帰る人がいる。
彼とはクラスも違うし、なんなら同学年かどうかすら怪しい。とにかく、彼と僕は校内で全くと言っていいほど会わない。
それなのに雨が降っていると、彼はいつも玄関で僕のことを待っている。僕も多少傘が狭くなるだけなので、彼を入れるのは気にしていない。
  彼と帰るようになったのは半年前くらいだったと思う。その日は予報通り雨で、朝のうちに傘立てに置いておいたのを手に取った瞬間、彼に「ごめん、俺今日傘忘れてさ、入れてくんね?」と申し訳無さそうに声をかけられた。僕は人助けの気持ちでいいよと軽く返事をしてやった。一度くらいならと。
 次の雨の日も彼はやってきた。ただ傘に入れてくれと。断る理由もないから入れてやった。その連続で今日までこの関係は続いてきた。
 彼は多分、クズなんだと思う。僕に対して一度も感謝したことはないし、歩いているときも自分から話して盛り上げようとしない。たまに口を開いたと思えば、課題が面倒だとか、教師への文句とか、高校生にもなれば一周して受け入れるであろう不平に不満をもらす。それに、僕は適当に相槌をうつ。そこにコミュニケーションは求められていない。
 クズには2パターンある。ひとりを不幸にするクズと、関わる人全員を不幸にするクズ。前者はまだ可愛げがあるけど、残念ながら彼は後者だ。現に、客観的に見れば彼は僕に迷惑をかけているし。
だが、僕はそれを見るのが好きだ。退廃的な日々に憧れているわけではない。むしろ逆で、僕はしっかりしていたい。社会的だとか理知的だとか言われている人間の数匹が、一時の快楽のために、或いは想像力だとか行動力といったステータスの不足により当然のように沈んでいくのが面白い。刹那快楽主義の観測者、なんて言い方はだいぶカッコつけてるが、まぁそういうことだ。
だから僕は彼を傘に入れるし、彼の自由なようにやらせている。

 雨。彼を傘に入れる日だ。下駄箱から靴を取り出していると、彼がやってきた。
「おう」
 それだけ言って、あとは黙ったままされるがまま、僕の差した傘に移動した。
「おれさぁ、」彼が言う。
「何?」
「買おうと思ってんだよね、傘」
 驚いた。まさか彼の脳からそんな言葉が生成されるとは。
「今日降ってるぞ、雨」
 嫌味っぽく言う。
「だから、これから買う」
そんな会話を歩きながらしていると、横断歩道に着いた。信号は赤。
「なんか俺、そろそろ3年だし、色々考えなきゃなって思い始めて」
「……。いいじゃん、成長して」
「んだよ。偉そうに」
「お前よりは良い子だよ」
 ここの信号は長いので、未だ赤。僕らはまだ話していられる。
「俺、好きになったんだよ、雨の音。つーか、雨が傘に当たる音」
彼が僕の目を見て言う。
「お前と一緒に帰ってたからかな」
 「……うーわ」
「やべ、自分で言ってめっちゃ恥ずかし」
 嬉しかった。素直に人に好意を伝えられるのは。お前は友達だと真正面から言われるのは面映ゆかった。
 多分、クズが好きだとか考えていたが、それはきっと正しくなくて、本当は彼のことが純粋に好きになっていたんだと思う。僕もぼくで卑屈で、曲がっていた人間だったのだろう。それが直った気がする。
 信号が青になる。僕らは進み始める。
「そういえば、名前
 暴走したトラックに轢かれて死んだ。

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