輪舞-revolution-の、2番の歌詞だけをずっと声に出している、キチガイの隣人
築45年のこのアパートは、壁が薄く隣人の声がよく聞こえる。相手の生活の影響をモロに浴びるのだ。
慣れてしまえば意識しなくなるのだが、この部屋に限ってはそうはいかない。大きすぎるのだ、声が。
「愛はお金では買えないって 知っているけど "I"でお金は買えるの? T.V.で言ってた 無感動... 無関心きりがないね 若い子みんなそうだと思われるのは Feel so bad! どうしようもないじゃない」
輪舞-revolution-の2番の歌詞である。隣人は、輪舞-revolution-のこの部分だけを、大声で、声に出している。
そう、声に出しているだけ。決してメロディーに乗せることはしない。抑揚のない、機械のように、平坦で、冷徹に、輪舞-revolution-の2番の歌詞のこの部分だけを放ち続ける。それは決して絶え間のない、そして何より声がデカく、眠ることすらままねらないものだった。
俺は、もう気が狂いそうだった。いや、実はとっくに狂っているのかもしれない。身体に不調が出ているのだ。左腿の裏側が痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。痒い。
爪の隙間に、こそげた皮膚のかけらが血とともに挟まってた。
「愛はお金では買えないって 知っているけど "I"でお金は買えるの? T.V.で言ってた 無感動... 無関心きりがないね 若い子みんなそうだと思われるのは Feel so bad! どうしようもないじゃない」
また声が響いてくる。虫に犯された頭を必死に抗う。ここで、俺は思いついた。
そうだ!俺側から輪舞-revolution-の続きを届け、終わりに導くのだ。
そうと決まれば早速俺は歌い始める。しかし歌詞を見たところで、気づいた。俺はこの歌のメロディーどころか、何も知らないことに。
仕方なく、俺は朗読という形式をとることにした。
「でもね私達 トモダチの事 何より大切にしてる きっと大人よりも」
祈るように、ゆっくりと、相手に理解させるように言う。でもね、私達。トモダチの事。何より大切にしてる。きっと、大人よりも。
喉を震わせ、空気を揺らす。相手の声がデカいため、消されないように出来る限り大きな声を出す。一刻も早く終ってほしいので、休憩は入れないようにした。
あれから3日ほど経ったが、残念なことに、未だ輪舞-revolution-の2番の歌詞のあの部分しか聞こえてこない。その代わり、俺のもう一人の隣人───俺の部屋は挟まれている───からも、声が聞こえるようになった。
「夢を見て涙して傷ついても 現実は がむしゃらに来るし 自分の居場所 存在価値は失くせない 自分を守るために」……
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