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初めての一人暮らし 3

※前回の話(初めての一人暮らし2)の続きになります。


翌朝

カーテンが閉じているにもかかわらず、太陽の光は部屋中を照らしていた。
窓際に敷いた布団にも光は等しく降り注いでおり、自分の顔にあたる光に少しの鬱陶しさを感じながら私は起き上がった。


ティンティロリン 
ティンティロリン

途端、聞き慣れない携帯のアラームが部屋中に鳴り響く。

9時を知らせる無機質なアラームを聴きながら、わたしはぼーっと見慣れない部屋模様を眺めていた。



…そうだ、お金ないんだった。


自分が一人暮らしを始めたという事実、
また、昨日起きた一連の事件を思い出した瞬間、こうしてはいられないと布団の上に立ち上がった。


布団から少し離れた壁に立てかけておいた鞄へ向かい、そこから歯ブラシセットとタオルを取り出し洗面所へ向かう。
つめたい水で顔を洗い歯磨きをしながら脳内で少ないお金のやりくり計画を考えていた。


まずはシャンプー等々の必需品を買う。
残ったお金でどうにか食い繋いでいくしかない…

なんの計画性もない、ほとんど行き当たりばったりなその消費計画だったが、わたしは何度も何度も脳内で本日の行動をシュミレーションした。

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その夜、私は明日の学校のための準備にいそしんでいた。
本日買ったものは以下の通りである。

・トラベルお風呂セット 500円
・プラスチックコップ  108円
・パン(6本入り)   90円

 残高 302円(銀行に382円)


残り5日を600円で乗り切ればよい、と思っていたが困ったことにATMでは小銭は引き出せなかった。
しかしその事実が目の当たりになった時、わたしは意外と大丈夫そうじゃないか、と当初の焦りはほとんど消えていた。
6本入りのパンを3袋買ってもお釣りが来る。
1日3本も食べられるなんて、、、1日3食きっちり食べれるではないか。

そんな緊張感のない気持ちで今日こそはとお風呂へ向かった。
明日は心待ちにしていた新学期である。


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翌朝(給料日まで残り4日)。

計画通り一本のスティックパンを大切に大切に胃へと運んだ。
本日の授業はほとんどオリエンテーションであり頭を使わない、つまりカロリーを使わない授業である。
カロリーを使わないうえに、空腹以外のことを考えられるため、土、日よりも飢えの感情は少なかった。
何より大学はつめたい水を飲める場所があったため美味しい水で空腹を紛らわすことも可能だった。


全て計画通りだ。

昔読んだ「ホームレス中学生」という本で主人公が水で空腹を紛らわせたというシーンがあったが、水を飲むのと飲まないとでは腹の空き具合が大きく違う。
まさか自分が実践することになるとは微塵も思っていなかったが、、、。
先人の知恵とはこのことかと空想に思いをふけながら1日を過ごしていた。

お金が入ったら読書について啓蒙活動でもしよう…。

と、頭のおかしなことを考えながら。

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給料日まで残り3日。

天使が現れた。

頭がおかしくなったわけではない。
目の前には同じ部活に所属している同級生が立っており、声をかけてきたのだ。

「うち、仕送りでたくさんお米が届くんだけど食べきれなくて…いる?」

エネルギーを消費しないため、部活への参加を避けていたわたしは、たまたま学食でその彼女と出会った。

数本のパンしか食べていない私を心配に思い声をかけてきてくれたのだ。

わたしは笑い話にでもなればいい、と思いおもしろおかしく状況を説明した。

すると彼女は泊まりにおいでよ!と誘ってくれたのだった。
その日の夕飯もご馳走してくれ、それだけではなくたくさんのお米をお裾分けしてくれたのだった。

美味しい夕飯。お米、たくさんお米。
感謝しても感謝しきれない。

彼女は希望だけではなく、物理的にも私の生活水準を一気に地獄から天国に引っ張り上げたのだ。
お腹いっぱいの環境下でたくさんおしゃべりをしながら私は眠りについた。

天使様様だ。

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給料日まで残り2日。

もらったお米が入ったカバンを持ちながら学校へ向かい、無事授業を受け終えた私は帰路についていた。

あと一時間過ぎればご飯がお腹いっぱい食べられる…とワクワクしながら受けた今日最後の授業は正直なにを講義していたか覚えていない。

早く帰ってお腹いっぱいご飯を食べたいということしかもう脳内にはなかった。

通常なら10分かかる道のりを私は最速スピードで家へと向かい、学校を出てから5分後、家へ到着した。

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その日の夜。
私の目の前には白いお米。

そのお米の手前にはあのスティックパンが一本置いてあった。
私はそのおいてある一本のスティックパンを大事に大事に食べていた。




私の家には炊飯器がなかったのだ。


帰ってすぐ、お米を炊こうと思ったわたしはこの事実を目の当たりにした時、足の力が抜けたかのようにすとんっと座り込んでいた。
目の前には沢山のお米があるのに
それを炊く術がないわたしは結局給料日までスティックパンのみで生き延びたのだった。


キラキラと輝くお米を前にして私は少し水分の抜けたパサパサなパンを口に運んだのだった。

つづく。


※スティックパンは将来永劫無くならないで欲しいです。お願いします。




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