「話し方学びたい」すそ野広がる◆スピーチライターに聞いてみた【時事ドットコム取材班】(2023年03月14日10時00分)
人前での話し方やスピーチに注目が集まっている。新型コロナウイルスの影響でオンラインのコミュニケーションが広がった今、就職活動を控えた学生や、経営者、弁護士など、多種多様な人たちが「伝える力」を身に着けようとしているという。いったい何が起きているのか。伝え方トレーニング事業を手掛け、政治家のスピーチライターも務める女性に話を聞いた。(時事ドットコム編集部 谷山絹香)
「え~」「あの~」はNG
「あいうえお・いうえおあ・うえおあい・・・」。2023年2月中旬、東京・銀座のビル一室から、発声練習の声が聞こえた。スピーチライター千葉佳織さん(28)が経営する伝え方トレーニング企業「カエカ」の講義だ。この日のテーマは「フィラーの削減」と「間の確保」。フィラーとは、会話の中で無意識に出てしまう「え~」とか、「あの~」といった意味のない言葉のことで、壇上の女性講師によると、フィラーをなくすことにより、聞き手に堂々とした印象を与えることができるという。
この日受講していたのは、大学職員や会社役員、弁護士などの男女4人。「フィラーがなくなって話が聞き取りやすくなった」「自分で思っているより『間』がずっと長いな」。4人は、それぞれが話している様子を動画で撮影しあったり、講師から改善点を指摘してもらったりしながら練習を繰り返した。
「オンラインでは、ごまかしきかない」
受講者に話を聞いてみた。「元々、話すこと自体に苦手意識があった」というエンジニアの30代女性は「仕事の中で『伝えた』と思っていたのに伝わっていなかったり、『言っておいた方がいいんじゃないか』と思うことをたくさん付け加えてしまい、結局言いたいことがうまく伝わらなかったりしたことがあった」と悩みを打ち明けた。たまたま他の受講者のツイートを見掛けてレッスンを受けてみたところ、上司から「説明がうまくなった」とほめられたという。
女性は「意識して話すポイントが分かるようになり、『武器』のようなものを手に入れた感覚がある。苦手意識はまだあるが、前よりは落ち着いて話せるようになってきた」と笑顔で話した。
会社役員の30代女性は「対面の場合は人柄が伝わるので、工夫をしなくても乗り切れる部分があった。でもオンラインでは、ごまかしがきかない」と語った。社内会議はコロナ禍でオンラインが中心。画面の向こう側にいる数十人に向かって話す機会もあるが、「言いたいことを届けられていない」と感じていたという。
「会議での発言は、業績などの数字の話がどうしても多くなっていた。相手に響くような内容の作り方や話し方を学び、聞いている社員が『もうちょっと頑張ろう』とか、『会社でこんなことをやってみたい』とか、前向きな気持ちになれる時間を作りたい」と目標を明かした。
表情に頼れず「昔よりシビア」
カエカ社長の千葉さんによると、受講者は会社経営者、政治家、総合選抜型の入試を受けようと考えている受験生などさまざまだ。19年の会社設立以降、年々右肩上がりに増加し、セミナーなども含めると4000人以上になるという。千葉さんは、21年に、出版取り次ぎ大手「日本出版販売」(日販)の調査で19年発売の書籍「人は話し方が9割」(すばる舎)が年間ベストセラー総合トップになったことを挙げ、「新型コロナの影響でリモートが増え、表情などの非言語情報に頼ったコミュニケーションが難しくなってきた。一つ一つの言葉でチャンスをどれだけつかめるか、昔よりシビアになっており、話し方学習の需要は上がっている」 と話す。
話し方や言葉遣いが炎上することもある。千葉さんは、東京五輪・パラリンピック組織委員会会長職の辞任につながった森喜朗元首相の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」発言(21年2月)や、牛丼チェーン「吉野家」元常務取締役の女性蔑視発言(22年4月)に触れつつ、「発言一つで信頼を損なうことが当たり前になっている。SNSで発言に対する評価が顕著に現れることで、多くの人が言葉に敏感になっているように感じる」と分析した。
秒単位の調整、炎上対策も
称賛を集めることもあれば、批判を浴びることもあるスピーチは、どのように作成されるのだろうか。千葉さんに詳しく聞いてみた。千葉さんは高校、大学時代にスピーチの全国大会で内閣総理大臣賞や最優秀賞を授賞し、入社したITベンチャーDeNAの当時の社長のスピーチライターを務めた。今では政治家のスピーチも手掛けている。
―スピーチライティングはどのような手順で行うのですか。
原稿のひな型を本人に作ってもらい、こちらから「この内容をあと4秒分ほど加筆してもらいたい」「最後のキーワードがこれだと結論が分かりにくい」といった助言をして修正を重ねます。時間がない場合は、本人の話を2時間聞いて、文字起こしをして、10分間のスピーチを作ることもあります。
ースピーチを書く上で気を付けていることは。
事実に紐付いた情報なのか、本人の体験エピソードなのかをしっかりと整理し、スピーチの中での割合を考えます。かっちりとした場面でのスピーチなら、事実の割合を、その人にファンを付けたい場合なら、エピソードや苦労話を意識的に増やします。極力本人の言葉を入れ、「その人が話す意味」を必ず付け加えるようにしています。
ー炎上対策はされていますか。
改善点は積極的に指摘しています。「その話し方だと自分の功績っぽく聞こえますよ」だったり、「その言葉だとこう勘違いされますよ」だったり。「『部下』という言葉はフラットな会社で働いている人からすると、下に見ているように思われますよ」といった形ですね。1人だけでリスクをカバーできるわけではないので、複数人で手を入れて確認しています。
野田元首相の演説は?
ー昨年話題になったスピーチに野田佳彦元首相による、安倍晋三元首相の追悼演説がありました。
「勝ちっ放しはないでしょう」といったメディアに取り上げられやすいキャッチーなフレーズを使用していたほか、「議論は次第に『真剣な』熱を帯びた」など、言葉の表現を細部にまでこだわっているように感じました。安倍氏との会話文も入れながら、当時の臨場感を描写し、自分にしか言えないことを考え抜いていたのではと思います。さらに、光と影を対比させながらも安倍氏への敬意が伝わるあんばいや、他の議員に対して議論を訴えかける目的意識が素晴らしかったと思います。