「学童嫌だ」消えた笑顔◆ルーツは7年前?小1の壁【時事ドットコム取材班】(2023年04月10日)
子どもが小学校に入ると、保護者が仕事を続けにくくなる「小1の壁」に注目が集まっている。岸田文雄首相が国会で「打破することは喫緊の課題だ」と発言し、SNSでは「#学童落ちた」がトレンド入りした。「壁」が急速に社会問題化した背景には何があるのか。取材を進めると、7年前に投稿されたブログ記事とのつながりが浮かび上がってきた。(時事ドットコム編集部 太田宇律)
「壁に敗戦」退職決めた母
東海地方に住む39歳の女性は、2022年6月末に12年間正社員として勤めた会社を退職した。SNSに「我が家は『小1の壁』に敗戦した」と投稿すると、同じように「壁」を経験した保護者たちから「すごくよく分かる」「学童が合う合わないが親の進退に関わる」といった声が寄せられた。
夫の転勤に伴って引っ越してきた今の家の近くには、夜まで子どもを預かってもらえる民間施設がなく、長男は小学校に併設された公立学童保育に通い始めた。長男の保育園は午後7時まで延長保育が可能だったが、そこは午後6時まで。「管理職として定時まで勤務した後、自転車に飛び乗り、全速力で子どもを迎えに行くのが日課になりました」と語る。
女性が長男の異変に気付いたのは、入学から2カ月ほどたったころだ。長男は「学童がつまらない。行きたくない」と何度も訴え、目に見えて笑顔が減った。当時、学童では新型コロナウイルスのまん延で子ども同士の会話が禁止されており、迎えに行くたびに、「走らないで」「しゃべっちゃだめ」と子どもたちを叱る職員らの声が聞こえてきた。
「このままでいいのだろうか」。女性は悩んだ末に退職を決心。「私の体力的な負担は努力すれば解決できる。でも、子どもの内面だけはどうにもできなかった」と振り返る。
夏も秋も、何枚もある「壁」
学童保育を利用する子どもの数は、この20年間で3倍以上に増えている。厚生労働省によると、2000年時点では約39万人だったが、10年には約81万人に倍増。22年5月時点では139万2158人と、過去最多を更新した。
一方、22年に学童保育を利用できなかった待機児童は1万5180人(前年比1764人増)で、このうち2117人が小学1年生だった。今年度も多くの待機児童がいるとみられ、ツイッター上では23年3月上旬、「#学童落ちた」がトレンド入り。「働きたいのに働けない」「実家は遠くて頼れるところがない」と嘆く声が飛び交った。
民間団体「保育園を考える親の会」には、保育園を卒園した家庭からも「小1の壁」について多くの相談が寄せられている。代表の渡辺寛子さんは「小学校に入ると、持ち帰るプリントや宿題、学校との連絡事項が増えるが、日中仕事がある保護者にはそれも負担。最近ではタブレット端末を使った課題などにも気を配る必要が出てきた」と説明。学童を利用できれば問題が解決するわけではなく、「夏休みに入れば給食がなくなるため毎朝弁当を用意することになり、秋になれば運動会など保護者参加の行事が増える。それまでと同じ働き方ができなくなる『壁』が、1年を通じて何枚も現れる」と強調する。
少子化でもニーズ拡大の理由
そもそも、深刻な少子化の中で学童保育の利用が拡大するのはなぜなのか。
「小1の壁」と保護者の働き方の関係を分析している一橋大の高久玲音准教授によると、国内では2016年に「保育園落ちた日本死ね!!!」と題された匿名ブログが反響を呼ぶなど、学童に先んじて保育園の待機児童問題が社会で注目されたという。
当時、待機児童は例年2万人を超えており、政府は受け皿の整備を急ピッチで推進。16年に約3万1000施設だった保育園や認定こども園などの総数は、22年には3万9000施設に増え、同年の待機児童は過去最少の2944人に減った。高久准教授は「保護者が『保育園落ちた』で仕事を諦めるケースは少なくなったとみられるが、この間、学童保育の整備は保育園ほど進んでこなかった。保育園を卒園する子どもが増えたことで、今度は学童保育の量や質の問題が顕在化した」と分析する。
高久准教授によると、21年度に保育園などに通っていた5歳児は約51万人だったのに対し、22年度に学童保育を利用できた1年生は約44万人にとどまった。「こうしたギャップが、共働き家庭にとって『小1の壁』や『学童落ちた』という形で実感されているのではないか」と語る。