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暴行で失明危機、再起支えた地元の愛◆地域インフルエンサー「本八幡bot」さん【時事ドットコム取材班】(2023年01月14日08時30分)

 SNSで地元の魅力や情報を発信する「地域インフルエンサー」。千葉県市川市の中心部、本八幡エリアを盛り上げてきた「本八幡bot(もとやわたボット)」さんも、そんなインフルエンサーの1人ですが、botさんは地元で女性を助けたことがきっかけで暴行被害に遭い、視覚障害が残る重傷を負いました。地域の人々に支えられた再生までの道のりをたどります。(時事ドットコム取材班 太田宇律

 【時事コム取材班】

「本八幡愛」高じて

 多くの商業施設や行政施設が集まる本八幡エリア。小学生のころからこの街で育った本八幡botさん(ハンドルネーム)は、システムエンジニアとして東京都内のIT企業に勤めながら、地域インフルエンサーの活動を続けてきた。本名や顔は非公表。30代半ば、中肉中背の男性だ。

本八幡エリアで創業したファミレスチェーン「サイゼリヤ」に関する投稿の一部(ツイッターより)

 ツイッターで街の紹介を始めたのは2014年ごろ。当初は街のグルメ情報を投稿していただけだったが、あるとき、JR本八幡駅近くで創業したファミレスチェーン「サイゼリヤ」の歴史や魅力について発信した連続ツイートが、「感動した」「すごい熱意だ」と反響を呼んだ。投稿は1万8000回以上リツイートされ、フォロワーは一気に1万人を突破。botさんは「趣味で投稿していたが、これを機に本格的に街のPR活動に取り組むようになった」と振り返る。

市の「特別PR担当」に

 自分の街だからこそ、小さな変化を見落としたくない。新しい店舗や知られざる名店の情報だけでなく、災害や交通障害、落とし物や迷子のペット探しまで、毎日、事細かにツイートしたbotさん。県内に大規模な停電や断水被害をもたらした19年の台風の際、LINEアプリの「オープンチャット」機能を活用して市川市内の災害情報を共有し、新聞に取り上げられたこともあった。

 次第に紹介したお店から感謝の声が届くようになり、21年11月には市川市観光協会から「特別PR担当」に任命された。特に好評を得たのは、友人のデザイナー夫婦と共に立ち上げた「市川まちガチャ」だ。ハンドルを回すと出てくるのは、地元愛をくすぐるご当地カプセルトイ。市内の町名をモチーフにした小判型キーホルダーやミニきんちゃく袋が入っており、市内の店舗で使用できる「焼き鳥1本無料」「大盛り無料」といったクーポン券も付いてくる。22年3月に京成線八幡駅などに設置したところ、1週間ほどで完売した。

千葉県市川市のご当地カプセルトイ「市川まちガチャ」=2023年1月9日午後、京成線八幡駅(千葉県市川市)

 「ガチャを回すと地域経済も回る」。カプセル封入作業を地元の障害者施設に委託した一石二鳥の取り組みは、第2弾以降も好評で、SNSや口コミで人気が上昇していった。「これは行けるね」「やってよかったね」。仲間同士でそう喜んでいた矢先に、事件は起きた。

しつこいナンパ、おびえる女性

 22年7月11日夜、JR本八幡駅近くの繁華街を歩いていたbotさんは、酒に酔った様子で、しつこく女性をナンパしている男に気付いた。女性は何度無視しても付いてくる男におびえている。「放っておけない」。知人を装って声を掛け、女性をその場から逃がしたところ、男は激高。botさんを路地裏に引きずりこみ、近くにいた仲間と共に拳で激しく殴り付けた。

 「金出せよ、どこだよ」「いいから財布出せ」。現場で通行人が撮影した動画には、倒れてうめくbotさんに金銭を要求する男の様子が記録されていた。男らは動画を撮影した男性や、止めようとした別の通行人にも暴行を加えて逃走。botさんは病院に緊急搬送されたが、左目を支える骨が砕けて眼球が落ち込み、4時間に及ぶ手術を受けたものの、元の位置に戻すことはできなかった。

「まさか」地元に衝撃

 あのbotさんが襲われて重傷ー。翌日に事件を知った八幡一番街商店会の土谷幸司会長は「『ええっ』と驚いた。まさかこんな近くで・・・」と絶句したという。botさんの退院後、同じ商店会の弁護士を紹介したり、地元のお祭りでも支援を呼び掛けたりした。「彼は地元ではよく知られた存在。『これからも地域のためにがんばってほしい』との思いだった」と振り返る。

創作料理店「本八幡やじっこキッチン」のオーナー、矢路川結子さん=2022年12月21日午後、千葉県市川市

 創作料理店「本八幡やじっこキッチン」のオーナー矢路川結子さんも、常連客だったbotさんを物心両面で支えた一人だ。「彼は店のお客さんからもよく名前が出る有名人。『botさんに渡して』とお守りやお見舞いのお菓子を預かるほど、みんな心配していた」と話す。LINEで相談に乗ったり、退院後も外出できなかったbotさんのため、好物の薬膳カレーを家に届けたりしたという。

 botさんが毎日続けてきた投稿は事件によって途切れたが、ツイッターには地元の市民や店舗のアカウントから多くのお見舞いのメッセージが届いた。「本八幡民はみんなbotさんを愛してます」「bot君が本八幡を支えてくれているように、本八幡を愛する皆が力になりたいんです」。退院報告のツイートに寄せられた200件近くの温かいメッセージは、リハビリ生活の励ましになった。

「酔っていて覚えていない」

 逃走した男はその後、仲間と共に逮捕され、botさんと動画を撮影した男性に対する傷害罪で起訴された。公判では「仕事帰りにナンパしようとしていたと思う」「正しい行いをした人に暴力を振るってしまった」などと事実関係を認めたが、事件の詳細については「酒に酔っていて覚えていない」と繰り返した。

 botさんは被害者参加制度を利用し、自ら被告人質問や意見陳述に臨んだ。「私に対する被害だけでなく、私の住む街にも『危ない街』というイメージが付いてしまった。その責任についてはどう考えていますか」。眼帯姿で問い掛けるbotさんに、男は「申し訳なく思っています」と謝罪。最終意見陳述では「二度と外では酒を飲まない」とも述べた。

後悔はない、それでも・・・

 22年12月、千葉地裁は、強度の暴行を一方的に加えた点や、後遺症が残ったことなどを考慮、男に懲役1年10月の実刑判決を言い渡し、確定した。事件から半年。刑事裁判は決着したが、botさんの左目は元には戻らない。「今も左だけ視界が傾いている状態で、視力も大幅に失った。歩くだけで車酔いのように気分が悪くなる」。常にものが二重に見えるため、システムエンジニアの仕事だけでなく、趣味の映画鑑賞や写真撮影もままならなくなった。顔面の左半分の感覚もないといい、botさんは「ひげをそることも怖くてできない」とうつむく。

 「あのとき、自分はナンパ被害を止めたかっただけではなくて、たくさんつながりができた地元の安全を守りたかったのだと思う」。視力は戻らず、自転車にすら乗れないが、女性を助けたことに後悔はない。ただ、「自分のせいで街に危険なイメージがついてしまったのではないか」と思うと、胸が痛んだ。

マイナスイメージを払拭(ふっしょく)するためにも、これまで通り街のPR活動を続けたい。botさんの思いです。後半に続きます。

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暴行で失明危機、再起支えた地元の愛◆地域インフルエンサー「本八幡bot」さん(時事ドットコム)