「これでもいいんだ」と思えれば
いつだって、「自信がない」からスタートしてる。
さすがに30年ももがきながら生きてくると、どうすれば「少しずつ自信を積み重ねられるか」もわかってくるのだけど、今でもスタートはいつだって、自信がないところから。
そして、誰かの言葉だったり、何かのタイミングだったり、そういったきっかけで「これでもいいんだ」と自信のカケラを拾い集めていくような。
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最近も、そんな体験をしました。
実はわたし、たぶん多くの「文章を書く人」に比べ、圧倒的に文字のインプットが足りない(と思っている)んです。
まわりの「文章を書くことを生業にしている人」たちは、たいてい小説を読むのが好きだったり、Webの文章を読むのが好きだったり、映画を観るのが好きだったり。
でも、わたしは小説もWeb記事も、映画も、そんなに触れないんです。
小説は年に3~4冊読んだらいい方かな。エッセイはおすすめされたもの以外、ほとんど読まない。ビジネス系の本(マーケティングとは…とか)は、月1~2冊ぐらいは読むけど。
映画は、ほとんど観ない。観て、年に2~3本。
それが、実は小さなコンプレックスでした。
あの人のような文学的な表現が思いつかないのは、きっとインプットが少ないせい。素敵な物語が書けないのは、小説を読まないせいだ…って。
「文章が上手くなるために、した方が良いことってありますか?」
何度も聞かれたこの質問に、これまでのわたしはどう答えてきたんだろう。もし、自分のことを棚に上げて「本を読もう」とか言ってたら、ごめんなさい。その場しのぎで答えた可能性が高いです。。
いや、それで、本題に戻ると。
先日、雑誌でaikoさんがこんなことを言ってました。
「本を読んだり映画を観たりすることもほとんどないので、インプットがあまりないんですよね。頭の中で思ったこと。感じたことをただ表現しているだけなので。でもそこに関して深く考えたら書けなくなるから、アホなまま思っていることを書こうという感覚で今もいます」
(雑誌・SWITCH6月号「うたのことば」)
ああ、そっかあ、aikoさんも本読まないし映画観ないのかあ。
それでも、あんなに素敵な歌が書けるんだ。
それでもいいんだよね…って思った瞬間でした。
多くの人が当たり前にできること/やっていることに対して、自分が「できない」「やっていない」「そう思えない」と思うとき、たいていわたしは心のうちにコンプレックスとして抱えてしまうのだけど。
でも、こうして誰かが堂々と「いやー、わたしもやらないんですよ」って言ってくれると、胸のすく思いがするというか、「ああ、それでも良いんだ」「同じ人もいるんだ」と思えるというか。
いや、aikoさんと自分を「同じ」なんて言うのはおこがましすぎるんですけど、伝われニュアンス。
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ということで、わたしも「できない」「やってない」は、なるべく口に出していこうと思っています。
多勢の波にかき消されてしまいそうな、少数派だったとしても。多数派を批判したりするんじゃなくて、「こっち側でも、まあいいんじゃないかな」という、カラっとした小さな主張を、だいじにしていきたいです。
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6月からは徐々に通常営業に戻して、工房も完成させて、夏ぐらいにはオープンできたらいいなあ!(当初の予定通り、予約制で!)