心が叫ぶ、「もっとゆっくり生きたい」と。
工房の庭でのほほんと空を眺めていたら、観光客らしき年配の女性が歩いてきて、目があう。
道ゆく人に「こんにちは」と声をかけるようになったのは、都市にいた頃との大きな違いだ。挨拶に続けてそのお姉さんは言う。
「この人懐っこい猫ちゃん、飼われてるんですか? かわいいですね」
お姉さんが指をさす方向から、にゃあと声がする。このあたりは猫が多く暮らしていて、おそらく誰の飼い猫ということでもないので、そのことを伝える。
「かわいいですねえ」
「日向ぼっこしてたんですかねえ」
猫をあいだに挟んで、知らない人とのんびりとした会話が続く。
よく晴れたある日、ご近所のおじいさんと、この辺りの木々について立ち話。
もともと別荘として使っていた建物に、老後になって永住したのだと言うおじいさんは、わたし達の工房の敷地を見つめながら「ここにはかつて、ヤマモモの木が生えていたんだよ」と教えてくれた。
今は何も生えていない場所の、土地の記憶。過去から今へと繋がる時間に想いを馳せる。
こういう、ゆっくりとした時間の流れが好きだ。
他にも、一生懸命に木の上を走るリスを「がんばれ」と思いながら眺める時間。お気に入りのカフェでノートを開く時間。かと思えば店長さんに「いっしょにコーヒーの試飲をしてみませんか?」と誘っていただき、店員さんに紛れていろんなコーヒーをゆっくり味わってみたり。工房の庭をぼーっと眺めて、何を植えようか妄想する時間。夫が淹れてくれたカフェオレを飲みながら、木々が風に揺れるのを見つめる時間。
そういう時間が、好き。
なのに、わたしの頭の中はまだ、早くしなきゃ、急がなきゃと焦っている。あれもこれもと欲張って一日に詰め込み、その結果ぐったりと心が疲れている。
流れの速い都市的な生き方から距離を置くために、ここ伊豆高原へやってきたのでしょう?
「もっとゆっくり生きたい」という心の叫びに応えるために、この生き方を選んだのでしょう?
すこしずつ日々の中に増えていくゆっくりとした時間の流れを集めながら、わたしの頭の中に浮かぶ「早くしなきゃ」「急がなきゃ」「ちゃんとしなきゃ」を減らしていけたら。
何も意識せずにいると、すぐに自分のなかの流れが速くなってしまうから。
ゆっくりでいいのだ、と。
急ぐ必要なんてないのだ、と。
ちゃんとしてなくても、完璧でなくても、楽しめばそれでいいのだ、と。
自分に言い聞かせながら、すこしずつ「ゆっくり」を自分のなかに取り込んでいこう。
おわり
運営している「じぶんジカン」では、自分と向きあう時間をつくるノートをお届けしています。もっと心地よく自分を生きるための一歩目に、よかったらどうぞ。
●エッセイ集は4月入荷予定です
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また2024年の4月頃に「エッセイ集#03」をお届けできるよう制作中です。お楽しみに。