八奈見「小鞠ちゃん、吃音を治したいんだって!」
小鞠『ふざけるな!あたしが、どんな気持ちでっ…!』
八奈見「……というわけで、温水くんにペットボトルを投げつけたことを後悔していると。」
小鞠「さ、さすがに水をかけてしまったのは、わ、悪いと思っている。」
八奈見「まぁ、でも温水くんはそんなこと気にするタイプじゃないでしょ?それに小鞠ちゃんも、あの後謝ったんだしさ。」
小鞠「そ、それはそうだけど…。」
小鞠「た、ただ、部長として、あの場所で話すのはあたしのはずだったし、そ、それが出来なかったから、文芸部のみんなにも、迷惑かけた…。」
八奈見「ふぅ~ん、そんなに気負わなくてもいいと思うけどな。」
小鞠「そ、それで相談が、あるんだけど…。」
~放課後 部室~
温水「お疲れ様でーす。ってなんだその張り紙!?」
『緊急会議 小鞠ちゃんの吃音を治そう!(赤十字マーク、お医者さんイラスト)』
八奈見「温水く~ん、見てわからないかな?読んで字のとおりだよ。」
焼塩「読んで字のとおりだよ、ぬっくん。」
小鞠「よ、読んで字の、とおりだ。」
温水「いや、それくらい分かるけど!?」
温水「……つまり、小鞠はみんなの前でも緊張しないようになりたいわけだな?」
八奈見「そういうこと。さすが天才八奈見ちゃん、説明が上手い。」
温水「でも小鞠、俺は別に気にしてないし、それも小鞠の個性だと思っているから、無理に治さなくてもいいんじゃないか?」
小鞠「み、みんなそう言うけど、いざ、それで人前に立って、何もできなくて。」
小鞠「それで、ま、また誰かに、迷惑をかけるなんてこと、もうしたくは、ない。」
焼塩「小鞠ちゃん…。」
温水「分かった。でも、そういうのってプロの人に任せたほうがいいんじゃないか?俺たちみたいな素人ができることなんてないと思うぞ。」
小鞠「お、親も心配してくれて、ちっちゃい頃は、そういう所にも、通ってた。けど、昔は、もっと人見知りだったから、全然…。」
八奈見「小鞠ちゃんにとっては、文芸部こそがベストな環境というわけですよ。」
焼塩「つまり、ぬっくんは頼られてるってこと!」
温水「へ?ど、どういたしまして。でも、俺も知識がないからさ、なにから手をつけていいか…。」
焼塩「そこで、あたしの出番ですよ!」
温水「ん?焼塩は何かそういう知識や経験とかあるのか?」
焼塩「いや?全然。」
温水「うん、知ってた。」
焼塩「でもさ、声出しと言ったら何といっても運動部でしょ。小学生の頃から大声でハキハキ話すことを強いられていたからね!」
八奈見「おぉ!それだよそれ!そういうアイデアを待ってた!」
焼塩「へへん!というわけで発声練習のこと、陸上部に今から話を通しておくから!」
八奈見「ありがとう檸檬ちゃん!決まったから会議はこれにてお開きだね。頭使ったからおなか減っちゃったよ。
あ、そこの『あん巻き』は今から私が食べる用だから、温水くん勝手に食べないでよ?」
温水「八奈見さんは何のために参加したの…?それはそうと、小鞠はできそうか?」
小鞠「ぬ、温水もついてくるなら、参加しても、いい。」
~グラウンド~
陸上部「「「小鞠さん、今日はよろしくお願いします!!!」」」
小鞠「 」
八奈見「ふつう、こっちが頭下げる側なんじゃないかな…?」
焼塩「え?ただの挨拶だよ?部活の壁を越えた練習試合みたいなもんだって説明したから。」
温水「…大丈夫そうか?」
小鞠「あ、ああ。だい、じょうぶ。」
部員「はじめまして、小鞠ちゃん…だよね!檸檬から話は聞いているよ。私も一年生だから、緊張せずに気楽いこうか!」
小鞠「あ、あの、はい。よ、よろしくお願いします。」
温水「餅は餅屋だよな。さて、俺は部室に戻って、小鞠の成長した姿を楽しみに待つとでもするか。」
焼塩「あれ?ぬっくんも参加するんじゃないの?みんなにはそう伝えちゃったけど。」
温水「へ?」
陸上部「「「ぬっくんさんも早く来てください!!!」」」
温水「 」
~部室~
八奈見「あ、温水くんお帰り。小鞠ちゃんも成果のほどはどうだった?」
小鞠「こ、声を、い、一生分出した、気がする…。」
温水「や、八奈見さんだけ、部室に戻るのはずるくないか?てか、まだ『あん巻き』食べているし。」
八奈見「あれ、温水くん。なんか話し方変わった?」
温水「ただの声枯れだよ。」
小鞠「で、でも、少し自信がついた、気がする。声も大きく、なったし。」
部員『アメンボ赤いな、あいうえお!!!』
小鞠『ああああ、あ、アメンボ、ああ、赤いな、あ、あいうえお!!』
温水「でも、発声練習としては申し分なかったな。さすがは運動部。小鞠も何だかんだで楽しそうにしてたもんな!」
小鞠「し、死ねっ!!」
温水「おぉ、いつもより罵声が大きい。」
焼塩「おつかれ~。」
温水「あれ、遅かったな。どこ行ってたんだ?」
焼塩「いやー、今日は練習の日じゃないけどさ、陸上部のメンバーと顔合わせたら、やっぱりね!」
温水「走ってきたのか…。」
焼塩「この程度ならアップにもならないよ。」
小鞠「で、でも、まだ流暢に話せては、いない。」
八奈見「うーん、そこから先は私たちじゃどうにもならなさそうだね。」
温水「そうだな、ここからは俺達、高校生にできることはないだろうし。」
八奈見「そう、大人を頼るしか。大人に。」
温水「大人にな。…って誰か知り合いでもいるのか?」
八奈見「と、いうわけで大人の甘夏ちゃんに頼みにいきましょう~!」
温水「めちゃくちゃ身近な大人だった。ていうか、あれを大人扱いしていいのか…?」
~職員室~
甘夏「あぁ?なんだお前らゾロゾロやってきて。」
八奈見「かくかくしかじかなわけでして。お願い、甘夏ちゃん!」
甘夏「いや、私は世界史の教師なんだけど…?」
温水「至極当然の返答だ…。」
甘夏「でもまぁ、困っている生徒の相談に乗るのも教師の務めだからな。人生経験豊富なこの甘夏ちゃんが聞いてやろう。」
温水「先生の人生経験はアテにしていないので、知識のほうでお願いできると助かります。」
甘夏「あ?なんだ温水、今日はやけに飛ばしてくるじゃねぇか。あれ?お前声変わったか?」
温水「ただの声枯れです。」
甘夏「まぁ、吃音は昔から多くの人が悩まされてきたからな。特に、人前に立たないといけない政治家にとっては死活問題だ。
小鞠は『英国王のスピーチ』って映画をみたことがあるか?」
小鞠「な、ないです。」
八奈見「ググったら、2010年の映画なんだね。私たちはその頃小学生にもなってないから知ってるわけないよ。」
甘夏「…あの映画、そんなに昔だったっけ?ごめん、ちょっと辛くなってきた。」
焼塩「それで、その何とか王のスピーチがどうしたんですか?」
甘夏「あぁ、幼い頃に吃音を発症した英国王ジョージ6世が主人公の実話映画だ。登場時はまだアルバート王子だったな。
王族としてスピーチ力が不可欠な立場にありながら、いざマイクの前に立つと言い淀んでしまうわけだ。」
甘夏「そこで、言語聴覚士のローグが、当時としては革新的な方法で王子の吃音治療を始めたら、
なんやかんやあって改善して、最後は無事に演説できてハッピーエンドという映画だ。」
温水「へぇ、先生、意外とまじめな話題の引き出しもあるんですね。」
八奈見「それだよ!まさにドンピシャ。やはり頼るは大人の女性ですなぁ。」
甘夏「そ、そうか?褒めても何もでねぇぞ!あはは。」
焼塩「それで、作中には良い治療方法とかあったんですか?」
甘夏「え?あー、だいぶ前に見た映画だし、あんまし思えていないというか…。いや、待て。一個あった。」
古代ギリシャの雄弁家、デモステネスが実際に使って自分の吃音を治したと言われる方法が。」
温水「その方法とは…?」
甘夏「口の中に蒸留酒で消毒したビー玉を7つ入れて、できるだけ大声で話す。以上。」
温水「……。」
小鞠「…む、無理だ。」
焼塩「でも、これなら私たちでもできそうだし、やるだけやってみようよ!職員室にビー玉とお酒があればいいんだけど。」
温水「さすがに無いだろうな。ビー玉はともかく、蒸留酒が職員室にあったらまずくないか?」
八奈見「ちょっといいですかな?別にビー玉である必要は無いんじゃない?ここに、小腹がすいたとき用の飴玉がございます。
これを使えばいいと思うんだけど、どうかな!」
温水「それなら消毒もいらないし大丈夫そうだな。…てか、なんで袋ごと持ち歩いているんだ?」
八奈見「1個だけだと空腹なんて満たせないよ?そんなことも分からないの?温水くんは。」
温水「まぁ、飴玉はあることだし、さっそくやってみるか。」
小鞠「え、そ、それ7個も口に、入れるのか?」
焼塩「どうせ飴玉なんだしさ、どんどん溶けていくから平気平気!」
小鞠「ちょ、ちょっと待っ、もごっ!もごごもっ…」
八奈見「とりあえず、なんか話してみようか。ツワブキの校歌とかどう?」
小鞠「ぼっ、ぼよどヴろぐっのごぉがのヴぇ…。」
温水「何言ってるかさっぱり聞き取れないけど…でも先生、これで良いんですよね?」
甘夏「なんか、引っかかってるんだよなぁ。確かに見たことあるシーンのはずなんだが。うーん…。」
小鞠「もごっ!…ゴフっ……。」
焼塩「ぬっくん、なんか小鞠ちゃんが静かになっちゃったんだけど?」
温水「いやいや、それまずいでしょ!助けないと!!甘夏先生!?」
甘夏「あ、思い出した。それ、作中で失敗した治療法だ。ビー玉を飲み込んじゃって王子がブチ切れるやつ。」
温水「それ早くいってくださいよ!」
八奈見「小鞠ちゃん!戻ってきて~!!」
小鞠「ど、どぼし…て……。」
~保健室~
小鞠「…はっ!こ、ここは??」
温水「気がついたか?先生たちが運んでくれたんだ。」
焼塩「ごめんねぇ!!小鞠ちゃああん!!!」
小抜「起きたみたいで良かったわ。先生安心した。」
小鞠「ひっ、こ、小抜先生…。」
小抜「ごめんなさいね。甘夏ちゃんにはキツく言っておいたから。私がいなかったらどうなってたことか…。」
小鞠「あ、甘夏先生は?」
八奈見「甘夏ちゃんはおとなしく職員室で残業してます。一時は救急車呼ぶ寸前の騒ぎだったからね。」
小鞠「……。」
小抜「…ちょっといいかしら?私と甘夏ちゃんは昔からの知り合いだけど、彼女も幼い頃は舌足らずで馬鹿にされてきたのよね。」
小抜「あんまり人前で話すタイプじゃなかったけど、それでも大好きな世界史で教壇に立ちたいからって教育大に進学して。」
小抜「だから、今でも大勢の前で話すときは、演技がかったテンションと話題で乗り切るようにしているんじゃないかしら?」
八奈見「あのイミフなホームルームの時間にも、そんな哀しい甘夏ちゃんの過去が関係していただなんて…。」
温水「そ、そうなのかな…?」
小抜「なんにせよ無事に済んでよかったわ。今日は遅いからもう帰りなさい。」
小鞠「…あ、ありがとう、ございました。み、みんなも、ありがとう。」
~校門~
小鞠「そ、それじゃ、また、明日…。」
焼塩「小鞠ちゃんもお休み!みんなバイバイ~!」
温水「じゃ、俺も帰るとしますか。」
八奈見「温水くん。ちょっと時間良いかな?」
温水「へ?まさか今から食事に付き合わされるの?」
八奈見「ひどくない!?私との時間がそんなに嫌なのかな?いや、小鞠ちゃんがさ、だいぶ元気なくしちゃったなって。」
温水「そうだな、結局振り出しに戻ったわけだし。でもさ、こればっかりは僕らじゃどうにもできないことだから。」
八奈見「…私はさ、小鞠ちゃんって偉いなぁと思うんだよ。先輩に告白する勇気だってあるし、振られても想いを抱えてツワブキ祭の壁新聞を書ききったじゃん。」
八奈見「たとえ『負け』たとしても、そういうヒロインが救われて欲しいなぁって。」
温水「……」
八奈見「私は何を言ってるんだろうね。華恋ちゃんに先を越されたことより、草介に選ばれなかったことより、自分に一歩を踏み出す勇気が無かったことを後悔しているのかな。」
八奈見「だから、小鞠ちゃんには自信を持っていて欲しいわけですよ。じゃあ温水くん、気をつけて帰るんだよ!」
温水「八奈見さんもね、バイバイ。」
温水「…ありのままを受け入れる自信、か。」
~温水宅~
温水「ただいま~。」
佳樹「お帰りなさい、お兄様!今日はお帰りがずいぶん遅かったですね。佳樹はとても心配していたんですよ?」
温水「心配かけてごめんな。部活が長引いただけだよ。」
佳樹「夕食もできていますし、お風呂も沸いていますよ。あと、お兄様のベッドメイキングも終わっていますので、『その時』になったらいつでも呼んでくださいね!」
温水「…まずは食事にしようかな。」
佳樹「おなかもすいたことでしょうし、おかわりでしたら気軽に仰ってくださいね!」
温水「ありがとう。…なぁ、佳樹はコンプレックス(劣等感)って感じたことがあるか?」
佳樹「コンプレックス(執着)ですか!?…常にそうとも言えるかもしれませんね。」
温水「え、そうなのか!?なんでもお兄ちゃんに相談してくれていいからな?」
佳樹「お兄様の考えているそれとは違うので安心してください。」
温水「へ?そうか、それならよかった。今日は友人のコンプレックス解消について色々と手伝っててさ。」
佳樹「お兄様はお優しいのですね。」
佳樹「そういえば、お兄様は世界保健機関(WHO)憲章ってご存知ですか?これによると、健康というのは、単に病気でないとか衰弱していないという意味ではなく、
心身ともに充実し、社会的に満足している状態だと定義づけているんです。」
温水「なるほど…?」
佳樹「つまり、気の持ちようということですね。だから、佳樹はコンプレックスと思ったことは一度もありません。」
温水「佳樹は物知りだな。何よりしっかりしててお兄ちゃん安心したよ。」
佳樹「そう、これは『純愛』なので、決してブラコンではないのです!」
温水「佳樹、ちょっと落ち着こうか?」
~翌日 部室~
温水「お疲れ様でーす。あれ、今日は月之木先輩もいるんですね。」
月之木「かわいい後輩達に会いたくなってね。そして、小鞠ちゃんに私の新作を読んでもらおうと。」
焼塩「先輩、受験勉強は大丈夫なんですか?」
月之木「…聞かなかったことにさせて。」
小鞠「そ、それで!し、新作はどんな話なんですか?」
月之木「歴史モノさ。ちゃんと私も受験勉強していたんだよ。そしたら歴史ってネタの宝庫じゃん?と気づいてしまって。そう思ってからは早かった。」
温水「…それで、どんなお話なんですか?」
月之木「孤独の天才法家・韓非子と、彼を寵愛する始皇帝。そして、その関係に嫉妬する李斯の三角関係BLさ。」
温水「…」
八奈見「…」
焼塩「…」
小鞠「お、面白そう!さ、さっそく読んで、みます!」
温水「ん?そういえば韓非子って…」
月之木「まぁまぁ温水君。私はただ勉強をサボるために執筆したわけじゃないんだよ。」
月之木「これで小鞠ちゃんが少しでも元気を出してくれればいいじゃないか。」
温水「月之木先輩…。」
月之木「ホントはssにするつもりだったんだけどね。途中から筆が乗ってしまって、結局は短編小説くらいの長さになってしまったよ。これに一週間は使ったね、うん。」
温水「…月野木先輩。」
小鞠「月之木先輩、ありがとう、ございました。私は、もう、大丈夫だから。」
小鞠「みんなには、心配かけた。あ、ありがとう!」
焼塩「良かった、小鞠ちゃんが元気になってくれて!」
温水「俺達は小鞠の良いところ、たくさん知っているからさ。できることも、できないことも、全部含めて自分なんだって、そう思える日がくると思うんだ。」
八奈見「そうだよ小鞠ちゃん。私なんか友達から『安菜って過食症じゃない?』って心配されるくらいだけど、一度も食べることを反省なんてしたことはないよ。」
温水「いや、少しは反省した方がいいよ!?」
一同「あははははは…!!!」
~次の日 部室~
温水「お疲れ様でーす。ってまたなんだその張り紙!?」
『緊急会議 八奈見ちゃんの過食を治そう!(赤十字マーク、お医者さんイラスト)』
焼塩「読んで字のとおりだよ、ぬっくん。」
小鞠「よ、読んで字の、とおりだ。」
八奈見「昨日の夜、体重計に乗って私は大いに反省しました。でもさ、これだけ無意識にあれこれ食べてしまうのは、きっと原因があると思うわけですよ。」
八奈見「だからさ温水くん、私のダイエットに手伝ってくれるよね!?」
~FIN~
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