2021-05-15

正直な話、今年のうちに大学を卒業しないつもりでいる。というのは端的に進路が決まらないからなのだが、進路が決まらないことは大きく分けて二つの理由による。
1/就活に出遅れた もとより就活するくらいなら与太郎にでもなってやるくらいの態度でいたので、出遅れたも何もないのだが、つまり希望する業界業種のエントリ受付がことごとく締め切られていた(あるいは幸か不幸か今年の募集を行っていなかった)。わずかに二、三社ほどエントリできる会社はあるのだが、正直のところ博打でしかない。志望動機はなんとか書く気はあるが、果たしてそれがどれだけ奏功するやら。もう少し付け加えておくと、
1/a.履歴書に書ける資格がない これは致命的だった。TOEFLやDELFなどが書けたものならともかく、端的に語学試験を避けていたのは余計なリスクにしかならない。履歴書の特技欄が白紙ではとてもでないが太刀打ちできそうにない。これも結局二番目の理由に関わってくるところではあるが……。
1/b.ES記入のノウハウを全く把握していない あまり言い訳するつもりはないが。
そういうわけで就活に出遅れている。とりあえず当座の数社に賭けるが、正直のところ、落ちるとわかっているものにわざわざ牌を投げることほど、馬鹿げたことはない気がしてならない。ろくなフィードバックをもらうこともできないのに?
2/院試の「出願」が困難である すなわち「合格」以前である。どういうことかというと、院試には「提出論文」が課されている。幸いにも一万字程度の短い論文と研究計画書を出せば良いだけなのだが、その実一文字たりとも進捗が、ない。むろん、書くだけで済ませられる短いネタのないわけではない。ヘーゲル『差異』論文の短いパラグラフを精読してそれらを他の同時期の文献と突き合わせるなどの荒療治も、今の段階でできないわけではない。しかし、そこから面接で質問を受けた際に十二分の応対ができるほどに論文を洗練させるに至ることはできそうにない。最低でも学部卒業レベル、いやビハインドも含めた密度のある作品を提出することが求められることを思うと、出願時点で座礁に上がっていると言わざるを得ない。実際、学部卒業レベルで求められるのは、例えば、「学部段階では一つの具体的なテーマ,もしくは(……)主要なテクストの一つを確実に読み,そこで問題にされている基本的な問題を理解することがまず求められる。」そのうえ恐縮なことに、語学(ドイツ語)が全くできていないことも懸念事項の一つだった。語彙力はおろか構文力もままならないことがはっきりしてきている。さらに将来的な研究対象的には、フランス語やラテン語もせめて初級文法程度はできていないとまずい。もとより辞書を引ければなんとかなる範囲内、というものでもないので、これをどうにかしないといけない。けだし、最初から浪人を決めて時間をとって作業した方が多少かはましだ……。

2021 05 15 何も手がつかない三日間を乗り越え、なんとかちょっとした本を読めるくらいには気力が戻ってきた。いっときにして、体力的なものの大きな波、それが縦波のように強度を持って迫ってくる。強度は時間となり、詳細な記憶となって自我に登記される。こういう時ほど何もかもやろうとすることは誤りだとしても、何もしないよりかはましなことをしておく。
とりあえず読みためていた本と読む必要がありそうな本を二、三冊読んだ。前者熊野純彦の新書だが、想定通りの熊野純彦だった。ただ良くも悪くも教科書的ではないので使いようによる。あとは初期ヘーゲルの研究書。イェナ以前のヘーゲルをほとんど知らないので、(理性の)宗教に関心を持っていた当時のヘーゲルによる「美の観念論」や「生」の概念構想に関する発展史的な考察はためになる。もちろん形而上学への転換も面白い。
続いてフーコー77/78年度講義を少しめくる。こっちは返却期限が迫っていたので。「安全装置」というタームを導入する。安全技術と人口との相関関係、環境へと向かうある政治的技術の出現、云々。
毎日何かしらの形でドイツ語に触れていないとすぐに忘れてしまう。根本的に抜け落ちるということはないのだが、テクストがすぐに分節化できない。やはり語学はマメにでもやらないとダメだ。これからの反省に生かす。もちろんこれは英語、フランス語、ラテン語にも同様のことが言える。

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