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真っ赤に燃え盛る東京の東の空に
<ウーッ、ウーッ、ウーッ、>は警戒警報! ところが、<ウッ、ウッ、ウッ、>と短いサイレン!! 私はパッと布団を抛り、モンペ姿の日常服で寝ていたがとっさにいつもの様に防空頭巾をか ぶり、家の前にある防空壕へ飛び込む。 ドキドキする胸の高鳴りを沈めながら、ゴウゴウ と飛行機の爆音に耳を傾ける。「ちょっと出てこい‼」の声に恐る恐る防空壕から外へ出てみる。胸がキュッとなる! 凄い!! 東の空一面夕陽が赤々と広がり、こんな美しい東京 の夜景を今まで見たことがなかった! いやっ!何で? 夢でも見ているような錯覚に、思 わず目を擦り、再び空を見上げる。 すると真っ黒い戦闘機が何台も何台も群 れを成して頭上を飛び越えていく。 <ジャーン、ジャーン、ジャーン、、、、。>半鐘の 音が狂ったよう。「急いで防空壕へ入れ!!」よく見ると、あの美しい夕陽の空が突然真っ赤 に燃え上がり、煙がもうもうと舞い上がり、キャーキャー叫ぶ人の声。子供たちの泣き叫ぶ 声。<ジャーン、ジャーン、ジャーン、>と激しい半鐘の音!! まるで夢でも見ているよう な、、、でもこれは現実なの?! 真っ黒い飛行機から、黒々とした煙が私の方に向かって降っ てくる!! 「手を肩の上まで伸ばした時に、飛行機が通り過ぎていれば、落ちた爆弾か焼夷弾 は自分のところを通過しているサインだから安心しろ!!」という消防団のおじさんの話を信じてその 通りにやってみる。手を差し伸べて通り過ぎるのを確認して安心する。 しかし子供心に、東京にいる従妹姉たち、おじさん、おばさん達親戚は皆大丈夫なのかな?と 一晩中不安な気持ちで眠れない。 防空壕の中で一夜を過ごして目をこすりながら家に戻ると朝飯が用意されている。無言で食 べていると、母が亀戸の妹家族たちはどうだったかと不安げに話し始めた。それを聞いた兄 は「とにかく様子を見に行ってくるから!」といって自転車に飲み水を用意して出かける。 電話も通じないし、遠くからやってくる人に様子を聞いてもただ首を横に振るだけで黙って 行ってしまう。 よっぽど凄い事になってしまっているのだな?? とたとえ子供と言えど も、その雰囲気で口に出せない程の大きな出来事が今現実に起きてしまっていることは分か る。恐怖で体が震え、歯がガタガタ音をたてる。
あれから一日たち夕陽が落ちた頃、全く無言の兄が家に戻ってくるなり、玄関にヘタヘタと 座り込んでしまう。 母が、「ご苦労様でした。」とあわてて水を差し出すと、ごくごくと 一気に飲み干してしまう。「どうだったの?」の母の声。それでも更に無言のまま、只うつむ いて目を閉じて何も言わない。そのうちに涙がポタポタ兄の手の甲に落ちる。私達もきっと よほどの事があったのだろうと最悪の状況を想像してみる。、、、溜息だけがいやに大きく聞こえて空気 が重い! すると急に、兄がウワッー!っと腹から大声で泣き出した! 誰も何も言えずにその泣き声に頭を抱えて聞き入る。 「ご苦労様、、、!大変だったわね。有難う! 疲れたでしょうね、、、。」と労う母の声。 皆はただ兄の姿から、さっきよりもっととんでもない出来事をもう一度想像する。
しばらく続いた沈黙の後で目を真っ赤にした兄がやっと重い口をひらく。
兄の話は私たちの想像をはるかに絶し、皆腰を抜かす。耳を疑いながらもじっと聞き入る。 「、、、兎に角、朝自転車で家を出ていくと、そこには信じられない程の混乱した状況が続 いていて、とても自転車に乗っていくような事は出来なかった。 まず、道という道に は、焼け死んだ人、人、人、。、、、それも重なり合って死んでいた。何とか逃げ出そうとひどい形相 をした人、それは、男も女もおじいちゃん、おばあちゃん、子供たちも皆同じ、、、。 懸命に逃 げようとどっちへ行ったら良いのか誰もわからない、、、。本当にまさに地獄絵図を見 ているような姿にただ涙が止まらなくて、しばらくそこで何とも言えずに手を合わせて安らか に、、、と涙が止まるまで祈り続けたんだ。 そのあと我に返って溜息と悲しさ悔しさでフラフラで、それでも何とかハンドルを握り、死んだ人をよけながら、と にかく亀戸の叔母さんの家あたりと思われるところをグルグル歩き回ったけど、、、。 もうこの辺んに は誰もいないし、焦げた匂いと強い悪臭が酷くて息をするのも苦しく「もうだめだ、、、」と急に力がなく なり、気が付いたらもう夕方になり、おじさんたちはどうなったか?と心配しながらも、何とか帰宅するしかないと思って夢中 になって帰ってきたんだよ、、、。」という。 話しながらうつむく兄の目からは、とめどなく涙がほとばしり出る。丸まった小さな揺れる兄の肩をじっと見守るように誰も動かず時間が止まる。
あの日の事は何年たってもまるでさっき起きた出来事のように私の脳裏から離れることはできない。もう二度と誰にも経験してほしくないあの日はきっと死ぬまで忘れることはできない。