自由な社会を実現するために生まれたFree State Project とは?
今回は、今月から自由主義研究所の新たな研究員となった、日本在住のアメリカ人マット・ノイスによる記事です。
マットはアメリカのニューハンプシャー州の出身です。そこで、ニューハンプシャー州で自由主義者が目指しているあるプロジェクトについて紹介します。
自由な社会を実現するために生まれたFree State Project とは?
日本ではあまり知られていない、自由な社会を実現するために生まれた「フリー・ステート・プロジェクト Free State Project(以下FSP)」を紹介します。
FSPは、自由主義者にニューハンプシャーへの移住を奨励し、リバタリアン社会の確立を目指す計画です。
今日現在、FSPの一環として、2万人以上がニューハンプシャー州への移住を表明し、すでに6000人以上が移住しています。
自由のための戦いは、アメリカ全土を対象とするよりも小さい州であるニューハンプシャー州にフォーカスすることによって、勝利を収めることができると思われます。
FSPのホームページからミッションステートメントを引用します。
また、多くの有名な自由主義者がFSPのことを認め、推奨しています。
元下院議員でリバタリアンのスパースターであるロン・ポール博士はFSPを支持し、FSPのイベントにも登壇しています。
FSPの歴史、FSP思想、そして戦略を紹介していきたいと思います。
1,FSPの歴史
FSPはジェイソン・ソレンスによって2001年に設立されました。最初の課題は、FSPを実現するためにどの州がベストなのかを確かめることでした。人口が少なくて(150万人以内)、すでに大きな政府寄りの思想が大幅に普及していない州が望ましかったからです。FSPの中でいくつかの州が指名されましたが、結局東北にあるニューハンプシャー州が選出されました。
ニューハンプシャー州を選択した理由はいくつかありますが、主には下記の二つだと思います。
①自由主義の砦
州民の中にすでに個人主義的な文化があり、「制限された政府」の思想が普及しています。例えば、シートベルト着用義務がない唯一の州であり、州の所得税や消費税がなく、銃器に関する規制がほとんどありません。因みに、ニューハンプシャー州の暴力犯罪率は通常、全米で最も低いか2番目に低いです。州の憲法や法律を他の州と比べると、かなり自由な州だとわかります。
②政治的なアクセス
州の人口が少ないだけではなく、他の州と比べると地理的に狭い州です。つまり、2万人で大きな影響を与えることができます。また、州の下院議会は400人の議員がいます。州民300人につき議員1人がいるわけなので、アメリカで一人当たりの議員数が最も多い州です。衆議院になるハードルも低く、一般の人もよく立候補します。しかも、議員の年収は100ドル(約15,500円)だけです。
FSPは、ニューハンプシャー州への移住を誓う2万人の署名が条件でした。そして、2016年に署名数は2万人を突破しました。それ以前にも、3000人がすでにニューハンプシャー州へ引っ越ししていました。
ちなみに、FSP自体は非営利団体であるため、法的に政治家や政党を推薦することができません。しかし、自由主義の価値や社会のあるべき姿を主張し、それを達成するための戦略を推進することはできます。また、FSPのためにニューハンプシャー州に引っ越した人は、立候補したり、特定の政治家を支持することができます。
2,「自由のために」の「自由」とは、どのような意味なのか?
政治的に「自由」という言葉を使うとき、具体的に何を意味するのでしょうか?FSPの思想とFSPが唱える「自由」について説明しようと思います。
自由主義が考える自由は、個人権です。
個人の権利は、自分自身の人生に対する権利があるという考えから生まれたものです。個人は生存権があります。そして、財産権や自分の人生を好きに生きる権利もあります。
これらは「消極的権利(negative rights)」と言います。消極的権利は、他者に対する義務を必要としません。他者の権利を侵害しません。周りの人の権利を侵害しない限り、自由に生きて、幸福を追求しても良いという意味です。生存権と財産権があることによって、言論の自由、信仰の自由、自衛権、経済的な自由などが保証されます。FSPやリバタリアンや自由主義者が「自由」を述べるときは、この意味の「自由」です。
よって、自由を擁護するために政治家や政府がよく導入する「積極的権利(positive rights)」には強く反対する必要があります。例えば、日本でも話題になるベーシックインカムです。ベーシックインカム(または政府による福祉や補助金)は、政府がある人々からお金を強制的に盗んで別の人々に与えることを必要とします。ベーシックインカムに対するこの「権利」は、本質的に他人の財産権が侵害されることを必要とします。
FSPは自由を侵害する既存の法律や制度を廃止したいだけではなく、これから生まれかねない規制や制度を阻止したいのです。
FSPのいう「自由」は何かを念頭においていただいた上で、次に、FSPが2005年に作ったミッションステートメントを見てみましょう。
3,FSPの参加者は、全員全く同じ意見を持っているのか?
FSPの参加者はもちろん全員が自由主義者ですが、その中で色々な立場があります。古典的自由主義者や最小限の政府を唱える自由主義者や無政府主義者もいます。自由主義者のあいだでは、具体的に政府の規模をどのぐらい削れば良いのかを議論する余地はあります。しかし、FSPの人は、日本の政治界隈には存在しないような自由主義者ばかりです。FSPに参加している全員は上記のミッションステートメントに賛同しているので、意見の多様性があってもそれは自由主義の思想の範囲内です。
そして、政治的な見解とは異なりますが、FSPのメンバーは個人的な価値観もそれぞれです。伝統的な文化を尊敬する人もいれば、リベルタン(道徳的に抑制されない)もいます。クリスチャンも無神論者もいるわけです。
自由主義・リバタリアニズムは主に政治的な思想です。政策について100%賛同しても、個人的な生活や価値観が違うかもしれません。例えば、自由主義者はマリファナの非犯罪化に賛成しますが、マリファナの使用を個人的に反対する自由主義者もいますし、吸うことは良いことだと思う自由主義者もいますし、マリファナは善し悪しについては不可知論の自由主義者もいます。
だから、FSPの方々は、すべての政策や戦略、生き方について誰もが同意するわけではありません。しかし、個人の自由という概念には誰もが同意します。
4,FSPの戦略
FSPの戦略の原則は、自由運動をある場所に全力で集中することです。
連邦政府やアメリカ全国に集中するよりも、ニューハンプシャー州と州内の群や町に集中した方が、自由主義者の勝利が近づくと考えます。州の議会選はもちろんですが、都市や町、学区の教育委員会などの重要性も認識しています。ローカルであればあるほど一人の影響力が大きいのです。ミレイ政権下のアルゼンチンのように、FSPは自由がいかに成功するかを示す模範となり、他地域が追随することを望んでいます。
■リバタリアン党にこだわるか、共和党を取り込む
2016年の大統領選ではリバタリアン党の得票率は僅かな3.3%で2020年は1.2%でした。リバタリアン党で当選するよりも、共和党員として立候補して、共和党をより自由主義になるように努力した方が良いと思うリバタリアンが多いです。2017から2018年のニューハンプシャー州議会にFSPのメンバーを自称する議員は17人もいました。その17人は全員共和党所属です。共和党の大きな政府よりの傾向をみて、まだリバタリアン党を支持するリバタリアンがいますが、FSPの中では共和党に潜入した方が良いと思う人もいます。
■分離するか、改革するか
FSPが設立した当初、創設者のソレンスは記事でアメリカ合衆国からの分離についても触れました。しかし、そのあと、分離の支持をやめました。とはいえ、FSPのメンバーの一部は、無政府資本主義者または分離して自由な国家を立ち上げたい人もいます。しかしFSPの多くのメンバーは、分離ではなく、徐々にニューハンプシャー州をより自由にし、政府の規模を小さくしていきたいと考えています。このことが、FSPの目的がより現実的になり、より多くのリバタリアンの支持を集めることにつながったのではないかと思います。
5,最後に
FSPはまだ始まったばかりなので、これからの展開や成果を期待しています。
日本では、リバタリアンの政治家はまだまだ誕生しないかもしれませんが、減税とリバタリアン運動が高まるにつれ、日本で何が起こるのか楽しみでもあります。
州の自治権が大きいアメリカと、中央集権制で地方分権が進んでいない日本では、自由主義の運動のやり方は異なってくるかもしれません。
しかし、FSPなどアメリカのリバタリアン運動を知ることは、日本の自由を前進させる最善の方法を考えるうえで、参考になることがあると思います。
まずは、地方分権を進めるようにしたり、特区などを活用できないか考えたり、自由主義思想を現実の運動につなげるために、皆さんと一緒に考えていきたいです。