モノではなく価値を売る諸塚村ネットワーク住宅
1980年代中頃から全国各地に広がった産直住宅は、バブル経済の余韻が漂っていた1990年代中頃にピークを迎えた。ただし、産直住宅を明確に定義することは難しい。参画する事業体の組み合わせによってタイプも様々だし、ビジネスモデルもピンからキリまであるからだ。共通しているのは、特定の木材産地で製材・加工された住宅資材を、地域外へ供給することであろう。90年代の不況の波で産直住宅は後退したが、最近の国産材ブームの中で新たなビジネスチャンスを迎えている観がある。それはどのようなものなのか。そして、これまでの産直住宅とはどのように違うのか。そこで遠藤日雄・鹿児島大学教授は、宮崎市で開催された「諸塚村地域住宅モデルハウス」構造見学会を訪れた。対談相手は、宮崎県諸塚村役場の矢房孝広・企画課長(兼諸塚村産直住宅推進室事務局長)とモデルハウスを建設中の(有)谷口工務店(宮崎市)の谷口利隆・代表取締役である。
累計195棟、受注手一杯も棟数にはこだわらず…
遠藤教授
諸塚村の産直住宅事業への取り組みはいつから始まったのか。
矢房課長
1997年からだ。当初の目的は、諸塚産材に付加価値を付けようという、いわゆる第6次産業(注)の発想だった。
遠藤
これまでの建築棟数はどのくらいか。
諸塚村産直住宅について説明をする矢房・企画課長(左)
矢房
スタートから今年3月末までの実績は195棟に上る。地域的には熊本県、宮崎県が多い。ここ数年は年間30棟ペースで推移している。すでに受注能力の上限に近づいているので、せっかくお問い合わせをいただいても、断るケースがある。
遠藤
産直住宅では上々の実績だ。しかも継続している点が凄い。
矢房
建築棟数は一応の目安となるので公表しているが、実はこの数字にはあまりこだわっていない。
遠藤
どういう意味か。
矢房
1つの理由は山(林業)のボリュームによって制約されるからだ。立木を伐採して製材品を工務店に納入するまで1年弱かかる。まず、9月〜11月の3ヵ月で伐倒したスギ立木を葉枯らし乾燥させる。年が明けて2月〜3月に出材して製材する。さらに製材品を養生させるため4ヵ月が必要。そこからさらに産直住宅建設に適した材を厳選してモルダーをかけて納入する。全体の2〜3割の材積だ。したがって、年間50棟が精一杯だ。
(注)第6次産業=林業関係者(第1次産業)が、製材・加工(第2次産業)、流通・販売(第3次産業)にも主体的にかかわることによって、第2次、第3次産業が得ていた付加価値を林業関係者が得るというもの。1次+2次+3次=6次をもじったもの。
まちとむらのネットワークをコーディネートする
遠藤
棟数にこだわらない理由はほかにもあるのか。
矢房
おもしろいエピソードがある。『平成12年度林業白書』に産直住宅の事例を紹介するということで諸塚村が取材を受けたが掲載されなかった。その理由は「これは産直住宅じゃなくて地域興しじゃないか」ということだったらしい(笑)。
遠藤
名誉の落選だ(笑)。つまり、産直住宅とはモノを売るだけではないというのが諸塚村産直住宅の考え方…。
矢房
諸塚村産直住宅はまちとむらのネットワークをコーディネートしてつくりあげるシステムだ。産直住宅建築費用のうち木材の割合はせいぜい2割。単に木材を売るだけでなく、それに随伴する情報に価値を見出したい。それは日本の山村をどう再生させるか、日本の森林をどう守るのかというむらからの情報発信だ。
遠藤
当初の第6次産業の発想から大きく進化したわけだ。これまで産直住宅があまり伸びなかったのは、モノを売って実績をあげることしか視野になかったからともいえる。
合板・集成材なし、「ゆっくり家を建てましょう」
矢房課長は、昭和60年に九州大学建築学科を卒業後、東京で10年間設計の仕事に携わっていたが出身地の諸塚村にUターンし村役場に入った。今では諸塚村産直住宅事業だけでなく、諸塚村興しのリーダー格でもある。
その矢房課長と谷口社長は遠藤教授を上棟式(建て方)の終わったモデルハウスに案内した。葉枯らし乾燥材を使用した超長期優良住宅仕様。30坪の平屋建てで、土台などにヒノキが使われているが大部分はスギである。合板や集成材は一切使われていない。小屋裏(屋根裏)にはスギ3層パネル(Jパネル)が使われている。壁には漆喰を塗るという。
モデルハウスの内部(オールスギ材)
遠藤
諸塚産材を使う理由は何か。
谷口社長
3つある。第1は品質管理がしっかりしていること、第2は部材のトレサビリティ(履歴管理)がはっきりしていること、第3はジャストイン・タイムの納材体制が確立していることだ。
遠藤
トレサビリティはどのようにして示すのか。
矢房
諸塚村はFSC(森林管理協議会)の森林認証を九州で初めて取得した。そこで伐採される材は認証材だ。
遠藤
これまで諸塚村産直住宅をどのくらい手がけてきたのか。
谷口
宮崎市内を中心に6棟だ。「ゆっくり家を建てましょう」というのが弊社のモットー。年間の建築棟数も3〜4棟。このモデルハウスも8月から手がけ始め、来年2月に完成する予定だ。
遠藤
葉枯らし乾燥材の評価はどうか。
谷口
とても評価が高い。スギの香りがするし、色も人工乾燥材と違ってサーモンピンクで見た目もいい。柱に使っても、含水率は20%以下なので狂わない。ただし、葉枯らし材にするか人工乾燥材(KD材)にするかは施主の判断に任せている。
プレカットに頼らず、大工の「一棟入魂」に賭ける
遠藤
構造材はプレカットされて納入されるのか。
谷口
弊社の場合はプレカットはしないで大工が墨付けをして刻んでいる。
遠藤
プレカットが主流の現在、敢えて大工に任せるのはなぜか。
谷口
大工の「腕」を信頼しているし、それを発揮させる場を提供したいからだ。大工の技能には驚嘆する。私も一級建築士だが、増改築を頼まれたときは見積りを誤ることがある。でも大工は、新築の場合でも将来の増改築を頭の中に入れて家を建てる。「一棟入魂」に徹している。
遠藤
大工といえば棟梁1人に弟子2〜3人。
谷口
いや、今では1人親方が大部分だ。だから4〜5人の1人親方と弊社がネットワークを組んで弾力的に対応している。
矢房
ネットワークは諸塚村産直住宅のキーワードだ。諸塚村は昭和30年代に「林業立村」を宣言した。森林理想郷を謳い、全村森林公園化を目指している。でも、それは小さな山村だけではできない。しかも林業自体が産業として成り立たなくなっている現在、林業家の夢を山村だけで実現するのは困難だ。そこで、まちを含めて多くの人々と協力して連続性のある社会システムをつくることができれば、山村を再生し、森林を守ることが可能ではないか。そう考えている。
遠藤
なるほど都市と山村を対立したり分断されたものとして位置づけるのではなく、両者を連続したシステムとして捉えようとするユニークな発想だ。そのためには顔の見えるネットワークが必要というわけだ。
モデルハウスの説明をする谷口社長(右)
矢房
諸塚村のネットワークは産直住宅だけではない。「諸塚でやま学校しよう!」「環境を学ぶ旅」など、まちとむらとを顔の見える関係でつなぐ「まちむら応援倶楽部」というネットワークがある。このネットワークの構築によって、まちとむらの「食」や「住」の価値観の共有を回復させることができたらと思っている。
遠藤
産直住宅が新しい時代に入ったことを予感させる。
(『林政ニュース』第376号(2009(平成21)年11月4日発行)より)