「まだ何も成し遂げていないから」監査法人出身、会計士CFOがベンチャーで挑戦し続ける理由
会社と家庭。仕事と遊び。男性と女性。都市と地方。二項対立のうちのどちらか一方が幸せなだけでは、いつまでも全体として幸せにはなれないのではないか――
そんな想いから生まれた「社会の二項対立を溶かす」というビジョンを掲げ、子どもがいる女性向けのキャリア・金融教育サービスや家族アルバムアプリを展開する「Famm」を運営する、株式会社Timers。CFOとしてご活躍中の橋本尚樹さんにお話をうかがいます。
ベンチャーCFOの仕事の原動力とは
監査法人と大企業で培ったもの
自分を偽らずに進みたどり着いた現在地について
いまの想いを語っていただきました。
キャリアの先輩をご紹介
株式会社Timers
取締役CFO
橋本尚樹 氏
公認会計士
2007年 有限責任監査法人トーマツ 入所
2012年 日産ライトトラック株式会社 入社
2016年 株式会社Timers 入社
2019年 株式会社Timers CFO就任
※所属・役職は取材当時
ベンチャー7年目の現在地
――橋本さん、Timersに参画してからこれまでにくじけそうになった瞬間ってありますか? ベンチャーでの7年間、おそらくいろんなことがあったのだろうなと推察しますが。
バイオリズムみたいなものがあって、年に1回くらい暗黒期に入るときはありますよ(笑)。
自身のパフォーマンス結果や人間関係によって落ち込むことは当然ありますけど、「辞めよう」までは絶対にいかないですね。
「裁量と責任をもって物事に取り組みたい」という思いでTimersに入社して約7年が経ち、実現できているなという感覚がいちばん大きいです。
やりがいも責任も、喜びも感じています。
――ここまで続けてこられた一番大きな理由は何でしょうか?
「まだ何も成し遂げていない」と思っているんです。
会社としても、個人としても。
資金調達は何度か経験しましたが、「貢献しました」と胸を張って自慢できるほどではないのかなって。
明確に「貢献できた」と言えないまま現職を離れてしまったら、それは、逃げになってしまう気がしているんです。
「やりきるまでは絶対に逃げ出さない」という昭和っぽいマインドを持っていて、今のメンバーたちとやりきりたいっていう想いが強いのかもしれないですね。
――橋本さんがTimersで成し遂げたいこととは?
当面はその時々に求められることをやりきって、将来的にはIPOに向けた資本市場から認められる内部管理体制の構築や、投資家の方々に納得いただけるような成長を築くための資本効率の最大化や投資戦略の立案・実行にも向き合っていきます。
スタートアップのCFOって、カバーしなきゃいけない領域がめちゃくちゃ広いと思うんです。そんななかで自分には会計バックグラウンドくらいしか強みがないなって感じており、会計、ファイナンス、IRなど、それぞれの領域をまだまだ勉強していかないといけません。
僕より優秀な人は腐るほどいると思います。
とはいえ、仮に投資銀行出身のめちゃくちゃ優秀な人が入ってきたとしても、その人が当社のことを深く理解していなければTimersに合わない管理体制をひいてしまう可能性は大いにありますよね。
Timersという会社のことをだれよりも理解し、Timersにとって、この世で最も適したCFOになれるようにやっていきたいと思っています。
守られながら働いているうちは‥
――監査法人に入所したときからCFOを目指していたのでしょうか。どんなキャリアを描いていましたか?
新卒で入所した時点では転職するもしないも何も考えておらず、入ってからいろいろ考えようかなと思っていたのが正直なところです。
トーマツのTS3(トータルサービス)事業部に配属されて、のちに日産に引っぱってくれた先輩にがっつり育ててもらいました。
「いつかは外に出るんだろうな」と考えるようになったのは、働きはじめて3年目くらいです。
“独立した第三者からの立場”というのは監査の観点では非常に大事なのですが、僕は、会社の中に入って自分の力で数字をつくっていきたい、意思決定に関わりたいと考えるタイプだったので。
ただ、ある程度やりきってから次のステップに移りたいという思いがあったので、お客さまに対しての実務を取り仕切る立場である主任を経験してからかなと考えていました。
後ろからだれかに守られながら働いているうちは「やりきった」と言えない気がします。
約1年ほど主任を経験し、そろそろ転職しようかなと考えていたころ、トーマツで一番お世話になった既に日産に転職していた先輩と飲みに行き、声をかけてもらったことがきっかけで日産に転職しました。
よきタイミングのよきご縁で、知っている方がいる環境だったのでとくに不安はなく、とても前向きな心境でした。
――そして2012年に大手自動車メーカーへ。転職の感想はいかがでしたか。
はじめての事業会社で自分でコミットしていく環境へ変わり、監査法人時代とは大きく異なる思考で働くことへの順応がとても大変でした。
そのうえ大企業ならではの文化には面食らいましたね。会社独自の用語や略称を覚えるのにいっぱいいっぱいでしたし、 転職して最初の3ヶ月、社会人経験のなかでもっとも苦労した時期かもしれません。
実務としては、転職の動機である「事業会社で数字をつくっていきたい」「予算管理に携わりたい」にガチっとハマったグローバルマーケティングの予算実績分析に携わることができ、経費や労務費、広告費、スポンサー費用の予算管理、契約まわりも担いました。
もちろん会社ごとにやり方が違うのでカスタムしないといけない部分はありましたが、監査法人での経験は大いに役に立ちましたよ。
たとえば広告費の費用計上のタイミングや稟議をあげるときに役員に出す前のチェックなど、前職での経験が多方面で活きたと思います。
Timersのいいところ
――そんな大企業から現職のTimersへ転職した経緯をぜひ聞かせていただきたいです。
2度目の転職は「もっと裁量をもって働きたい」と思ったことが最大の理由です。
経理や予算管理をおこなう人もグローバルで数百人規模だった大企業から、次はIPOを目指すベンチャー・スタートアップに照準を絞りました。
当時のTimersは、創業者とエンジニア、ディレクター、あわせて約20名規模で管理部門はこれからという、まだ何もないスタートアップらしい環境で。それが魅力的に映りました。
Timersを知ったきっかけはエージェントです。スタートアップについての理解や知識がなく転職のツテもほとんどいない状況であったので、エージェントに紹介してもらいました。
これから管理体制を整えていくという段階で経理だけでなく何にでもコミットできそうであったこと、
家族間で写真を共有できるアプリや保存した写真をカレンダーにしてお届けするサービスといった事業内容が自分に身近なものであったこと、
「子どもに誇れる事業を創りたい」「子育てや家族といった人間の普遍的な欲求に向き合って事業づくりをしていきたい」という創業者の思いに共感したことから、入社することにしました。
ちょうどそのころ自分の子どもが0歳と4歳で、当時の境遇にハマったということも理由のひとつです。
まったく不安は感じていなくて、いわゆる“嫁ブロック”と呼ばれる身内からの反対もありませんでした。
――橋本さんが思うTimersの魅力や特徴はどんなところでしょうか。
Timersの魅力は、領域を制限することなく働けるところです。やらないといけないこと・やったほうがいいことは多々あり、手を挙げれば任せてもらいやすく、勝手に拾いに行くこともしやすい環境です。
さらに、裁量をもって働くことができて自分の考えがダイレクトに事業につながるので、責任感もやりがいも感じやすいと思います。
前職では、もし僕が突然いなくなってもだれも気づかないくらいの勢いで会社はまわり続けるんだろうなと感じていました。歯車だなぁ、って。
いまは自分自身の意思決定で会社の業績が左右されると感じますし、だからこそ責任もってやらなきゃなと強く思います。そういう点はスタートアップらしい特徴かなと思いますね。
私の入社当時のTimersはアプリ開発や運営を主とする会社で、エンジニアやディレクターが中心となっていました。
現在はオンラインスクールやオンラインワークの事業が主軸となってきて、スクール運営や商談をおこなうメンバーの割合が増えており、人も事業も大きく変化しています。
時には大変なこともあるのですが、常に新しいことに向き合える環境は純粋に「楽しい」と感じます。
ベンチャーならではの落とし穴
――ベンチャーならではの注意しないといけないポイント、どんなことがあるでしょうか?
当社のメンバーはほぼ全員が中途採用で、さまざまなバックグラウンドを持った人が集まっています。
すごくわかりやすいサービスをやっている会社ですから、事業に共感してくれているカルチャーに合う方が入ってきてくれて大枠のズレはないものの、細かな部分での認識齟齬が発生することはあるためメンバー間の対話や言語化を大事にしています。
事前にいくら説明していたとしても、実際に入社したら「ここまでやってくれると思ってたのに」「ここまでしかやらないと思ってたのに」と、お互いにイメージしていたのと違ったという状況は自分も経験したし、他社の話を聞いてみてもしばしば起こっているようです。
そういった事態を見聞きすると非常に残念に思うし、反省もするし、落ち込みますね。
それからもう一点。良くも悪くも人が多くないので、泥臭い作業が多いです。分業化された環境から移ってくる方のなかには「ここまでやるとは思わなかった」と感じる方もいるようですね。
僕自身はなんでもやりますというマインドで入ってきたので、「(業務範囲は)ここまで」と決めないようにしてます。会計士だから・CFOだからを理由にせず、なんでも巻き取ろうと意識しています。
労務も総務も未経験でしたが、裁量労働制の導入やオフィス移転などを調べながら取り組んできましたし、まだ清掃業者を入れていない時代にみんなとオフィスの清掃もしていましたし、歓迎会のお店の予約とかも全然やりますし‥‥結構(なんでもやるのが)ふつうだよね、と捉えています。
「社会の二項対立を溶かす」
――続いて、Timersの今後の展望を教えていただきたいです。「家庭も仕事も大事にしたい」という考えをもつ方にすごく刺さるようなサービスを提供されていますよね。
当社は「社会の二項対立を溶かす」というビジョンを掲げており、それぞれの方や家族に合ったカタチで家庭と仕事を両立する社会や、キャリアロス・スキルロスのない社会を実現していきたいです。
2019年から始めたスクール事業ではWebデザインや動画編集をオンラインで学べるので、コロナ禍の「出社できない」「在宅ワークのスキルを学びたい」が追い風となって、大きく成長しました。
2021年からは、法人向けにオンライン中心でWebデザインや事務作業などをスクール卒業生の方々に頼んでいただけるFammアシスタントオンラインというサービスを始めて、ものすごい勢いで伸びてきています。
最近では、経理や秘書、CS(カスタマーサクセス)などの多様な業務に取り組んでいただいてクライアントからも喜ばれており、双方からのニーズはまちがいなくあるんだと感じますね。
これまでは、出産や育児、パートナーの転勤などによってキャリアが断絶されてしまった方の再スタートには大きな壁が生じていたと思います。
そのような社会課題の解決に向けて、スキマ時間を活用して新しい知識を学んでいただく機会、得た知識やスキルを活かして在宅で働く機会、復職や再就職していただくための機会をこれからも創出していきたいです。
監査法人で培ったモノ
――ここからはキャリアの歩み方についてうかがいたいと思います。監査法人時代に培ったスキル・経験のうちで、いま役に立っているのはどのようなことですか?
会計の知識は当然そうですし、よく言われると思うのですが、全体を俯瞰できることやいろいろな会社を見た経験。監査法人が何を考えているかがある程度わかる、そして重要性の観点を持ち合わせられていることなど、非常に多くの点で役に立っていると感じています。
――“重要性の観点”とはどんなことでしょう?
経理職の方からよく聞く「1円単位で数字を合わせたられたときに気持ちいい」ということばがありますよね。
しかし費用対効果で見たとき、意思決定に影響を与えないようなほんと細かすぎることは、力を入れすぎなくてもいいのではないかなと判断できます。
その一方で、どの領域に投資するか? 利益が出ているのか? などの誰かの意思決定に大きく影響があるようなことは、常にきちんとやらないといけないと思うんです。
業務の重要度に濃淡つけられるのは、監査法人で培われたいい視点だなと思っています。
――ベンチャー・スタートアップCFOを目指す方々に向けたおすすめの考え方や行動がありましたら、教えていただきたいです。
思い立ったが吉日、飛び込みたいと思うんだったら飛び込めばいいと思います。
ひとりで考えこむよりも、先に飛び込んだ先輩や興味のある会社に話を聞いたりエージェントの方に相談してみたらいいんじゃないでしょうか。
スタートアップにもいろいろあって、「将来IPOできるかわからない」「倒産する可能性があるかも」といった不安要素があると思うのですが、やりたいという気持ちがあるのであればやるべきです。
たとえそこでうまくいかなくても大抵のことはなんとかなると思うので、まずは行動してみればいいと考えています。
トーマツの同期が事あるごとに「大した問題じゃない、何とかなる」と言っていたのが印象的で、ハードシングスもあるっちゃありますが、大変なときはこの言葉を思い出して前に進んでいるつもりです。
それから、創業者・社長が大事にしている価値観に腹の底から共感できるかというところは見ていただいたほうがいいんじゃないでしょうか。
会社が大事にしている価値観と根本から合うかどうかと、一緒に働く社長との相性。それらも重要かなと思います。
自分の気持ちにウソをつかないほうがいい
――「監査法人→大手企業→ベンチャー」と「監査法人→ベンチャー」、どちらがいいルートだと思われますか?
‥‥どちらでもいいかな、というのが答えですね。
僕自身は大手を経験したことで大企業のプロセスや考え方を学べてよかったです。なじめなかった部分もあるにはあったんですけど、それでも振り返ると大企業のなかに入ったから経験できることや得るものも多く、学んだことがTimersで活かせているので。
ただ、もしかしたら監査法人時代に監査の過程で大企業のメカニズムや考え方を理解できた方もいらっしゃると思いますので、そういう方々は、貴重な数年間をわざわざ確認のために費やさなくてもいいのではないでしょうか。
なので、どちらを選んでも間違いじゃないと思いますよ。
――最後の質問です。もし若手会計士の方から「スタートアップに挑戦したいです」という相談を受けたら、橋本さんはどんな言葉をかけますか?
“挑戦”というと「勇気を持たないといけない」「リスクがある」というようなイメージが裏にある気がするのですが、やってみたい気持ちがあればやるべきだし、やってみたらなんとかなるもんです。
何事も行動してみないとわからないし、変わらないし、気持ちがあるならやればいいじゃんって思いますね。
一例ではありますが、自分は飛び込んでよかったので、全力で勧めると思います!
そうは言っても、「何を重視するか?」となったときに、“安定”という意味だと監査法人の安定感のほうがはるかに勝っています。
波風なく穏やかに過ごしていきたい方は、監査法人が向いているのかなと思いますね。そういう方にはスタートアップはおすすめできないかもしれません。
「スタートアップに来てよかった」と思っている僕と似た志向を持っている人なら、自分の気持ちにウソつくことなくやったほうがよくなるよって、そう思ってます。
――橋本さん、ありがとうございました!
株式会社Timers|https://timers-inc.com/
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取材・写真・文/Yui Osawa
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