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介護職中退生⑥この手すりはお酒を飲みます
高齢になっても、あんなふうに生きていたい。
そう思わされた、お手本のような人。それがデイサービスに来ていたまき子さん(仮名)だ。
もの静かで、決して声高に主張しない。クセのある利用者さんの隣りに座っても、いつも微笑んで話を聞いていた。
99歳というお年を感じさせず、手芸が得意で編み物をはじめいろいろと楽しんでいた。
私が「はじめまして‼︎」と挨拶した入職初日。私のレターケースに毛糸のフットカバーが入っていたので「これは?」と聞くと、「まき子さんの手編みよ。新しい職員さんに、ってさっき預かったの」と言われた。
それからしばらくして、咽頭がんのために入院され、お顔を見ない日が続いた。
その後回復され、デイサービスの利用を再開された。週2回の利用日はそのまま、送迎も施設送迎から家族送迎に。まる一日の利用ではなく、午前または午後の各2時間だけ、という日が続いた。
おやつもミキサー食対応となり、むせることが多かった。
すごい‼︎と感じたのは、私がにわか講師役となり、水引のストラップを希望する利用者さんと一緒に作った時。
事前に私物の水引作品をお見せしたら、9人の方が作ってみたいと仰った。好きな色を伺い、材料を調達してから、作る方それぞれの好みの色に合わせた製作キットを用意した。
利用日に合わせて午後のレクリエーションの時間に、他の皆さんとは別のテーブルに集まり2人ずつ製作した。
軽度の認知症の方もいて、簡単なデザインを選んだにも関わらず、一度に2人を教えるのは根気が必要だった。
ひとりの人に説明していると、もうひとりが先ほど教えたところからほどいて元に戻ってしまっている。
1時間という時間の制約もあり、精神的にプレッシャーだった。あー、こんな提案しなきゃよかった〜と後悔するも、なんとか9人全員に水引で梅の形を3個作ってもらい、私が繋げてストラップに仕立てた。
なんと、一番高齢のまき子さんが一番飲み込みが早く、作業もスムーズだったのだ。
まき子さんは「よかったら一緒に作ってみませんか?」と聞いた時、二つ返事で。好きな色も「なんでもいいですよ」と仰った。
あと少しで100才と伺っていたので、おめでたい‼︎そう考えて、白と金色の水引を用意しておいた。色合わせもご自身で考えて決め、上手にこしらえていらした。
水引ストラップを製作したあと、その方たちがバッグや連絡帳ケースのファスナーにストラップをつけていたり、後日連絡帳に「◯◯さん(私)水引作りありがとうございました」と書かれていたりして、やはりやってみてよかったと思った。まき子さんも、バッグにつけてくれていた。
その後施設送迎に戻り、帰りの車で私が添乗になったある日。まき子さんが最後に降りるため、車内に運転手さん、まき子さん、私の3人になったタイミングでおもむろにご自身のバッグからポケットアルバムを出して、私に差し出した。
「えっ⁉︎アルバムですか?拝見してもいいですか?」
相変わらず静かに微笑みうなずくまき子さん。開くと、家族のたくさんの素敵な写真で埋めつくされていた。
お孫さんが国際結婚でイギリスに住んでいること、ご自身もイギリス以外にも何度も海外へ出かけられたことなど、聞けば静かに語ってくださった。
私がまき子さんと最後に接したのは入浴介助だった。
一般浴と言って、温泉施設のような感じで主に歩行に不安のない方が皆で入れるお風呂だ。
上がる時に、まき子さんのお尻のあたりにかき壊したような出血がうっすらと見られたため、看護師さんを呼んだ。
薬を塗ってもらっている間、立っているのがつらそうだと思い、私がまき子さんの前に膝をつき、水平に腕を伸ばした。
「これを手すりだと思ってつかまってください。少しはラクかしら」
そう言うと、まき子さんは申し訳なさそうに私の腕につかまってきたが、全然体重をかけていないのがわかった。
申し訳ないと思っていらっしゃるのだろうな、と思い、思いつくまま喋る。
「この手すりはこのあとご飯を食べます」
くすくすとまき子さんが笑う。
「この手すりは夜になると眠ります」
「この手すりは時々お酒を飲みます」
ずーっと笑っていてくれたが、その間も一生懸命立っていらした。もう、抱きとめてしまえばよかったかも知れない。
ショートステイに勤務する日が多くなり、ある時、まき子さんの同居の長男のお嫁さんの、実母である早苗さん(仮名)の連絡帳の一文に目が止まった。
「義母が亡くなってから、」
まき子さん。もうこの世にいらっしゃらないんですか?信じられません…。
決して目立つようなお人柄ではなかったけれど、むしろこんなに、心に残るものなのかと思い知らされた。
やはり、まき子さんのように年齢を重ねたい。
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