【小説】軍曹さん
【軍曹さん】
「・・・吾輩はケロロ軍曹であります!」
ここは寒さ沁みる師走の西川口駅前ロータリー。
住所不定無職おまけに全裸の中年の悲痛な叫びはドンキホーテのBGMにかき消され、誰の耳にも届かない。
カッと見開かれたその目の先には何もなく、さまよう視線はただ虚しく宙を捉える。軍曹は何者か?宇宙空間に放り出されたトム少佐?深海に漂う原始の生命の残滓?天孫降臨?最後の審判?否。そのどれでもない。ただのプロ失業者である。
「地球侵略であります!愚かなペコポン人!吾輩にひれ伏すがいいのであります!」
全裸とは「持たざる者」たる究極の姿。軍曹はいま、ここ西川口駅前ロータリーに立ち、混沌が支配する世界に戦いを挑もうとしている。私はこうして軍曹の挑戦をチャイエスの看板にもたれて、ローソンで買ったおでんを食べながら静かに眺めている。
軍曹の空を掴むような視線が、ふと私を捉えた。刹那、軍曹の目に赤い光が宿ると、猛然と私に向かって駆け始めたではないか。
「タママ二等兵!!タママ二等兵ではありませんか!?」
先ほどまでの沼に漂う霞のような心もとなさは微塵もない。黙示録的な速度で、私との距離を一気呵成に縮めていく。その目はまさに捕食者の目である。その手がまさに私の肩を掴もうとしたその瞬間。私は、師走の寒さに縮こまり、子どもの親指が生えたマリモのようになった彼のイチモツめがけ、あつあつのおでんをフルスイングで容器ごとお見舞いしてやった。
「ゲロ~~~~~~~~~ッ!!!!!」
真っ赤になった股間をおさえて、絶叫する軍曹。心なしか子どもの親指ほどだったイチモツは、熱さで緩んで小指くらいにまでにその姿を変えているように見える。軍曹は、ヨタヨタと情けないくらいの内股で一歩、また一歩と歩き出し、三歩目でタクシーに跳ねられた。5メートルほど先まで吹っ飛ばされ、しばしの間、痛みに耐えるようにうずくまっていたが、突如、野獣の本能が目覚めたか、すっくと再び大地(西川口駅前ロータリー)に立った。
「モア殿!!モア殿はどこでありますかー!!」
彼はロータリーを飛び出すと、国道17号方面へ向けて姿を消した。
「モア殿!!モア殿ー!!」
私は、彼の極限大絶叫が聞こえなくなるまで、彼の消えた方向をただ見ていた。
ここは西川口駅前ロータリー。彼の声は、誰にも聞こえてないようだ。彼は一体、どこへ行こうとしているのだろう。・・・いや、わかっている。
蕨だ。
(了)
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