朽ちてゆく。

 眠れない日は冷たい海の底に沈んでいく想像をするんだ。
 私はどうやら海ってやつが好きらしい。海がない土地で生まれ育った故の憧れなのか、よくいうリラックス効果があるからなのかは定かではないが、精神的に疲れてくると自然と海を見に行く習慣が身についていた。
 波打ち際では何もしない。二時間、三時間とただただ時間を過ごす。座り始めてから少し時間が経つと内に秘めた禅の精神がひょっこり顔を出す。
 そうして波を眺めていると、一瞬にも満たない時間で姿を変えていく酷く鋭角な水面が徐々に手招きしているように見えてくる。
 そのまま誘いに乗ってしまおうか。そう考えた所でいつも禅の精神は帰路につく。
 不意にその波に触れてみたりするんだ。ひどく冷たく穏やかな手触り。こんな小さな自分の全てを受け入れてくれるような冷酷さと優しさがあった。
 幼い頃は海が怖かった。あまりにも別世界だったから。人類が生きていけないその世界はあまりにも死が近かったから。
 しかし今はその死を求めている。どうしようもないうねりに身を任せて全てを諦めてしまえばどれほど楽だろうか。
 鼻にこびりついた死の香りを忘れないように今日も、沈みゆく自らの体のその先は想像せずに今日も。
 私は深い眠りにつくのだ。

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