ふんわり鏡月。
「間接キス、してみ?」生まれて初めてドキッとしたCMだった。当時まだ中学生、思春期真っただ中だったからかもしれない。文字通りふんわりしたその雰囲気をここで思い出すなんて当時僕だった俺は考えもしなかっただろう。
何も考えずに参加したサークル合宿での飲み会は開始30分にしてピークを迎えていた。40人規模の飲み会なんて山奥の宿泊施設でもなければ実現しないだろう。そりゃ騒ぎたくもなる。
がやがやしだすと急に孤独を感じる。騒ぎ立てるタイプではない俺にとってはいつものことだが。あのCMを観た時は酒に特別な意味を求めていたような気がする。今となってはそんなもの幻想で、枷を外すためのバフのように感じていた。畳、フローリング、カウンターテーブル、ベッドの上、飲み会という領域において、目的にも手段にもなり得るその液体は俺を現実から遠ざけるとともに現実を教えてくれた。CMの酒も、ガソリンのような色の酒も、泡がはじける酒も、湯水のように誰かの体に入っていく。
「飲みすぎたな。」もう誰も話が通じる状態ではないので皮肉のように声にだしてみる。笑いどころがわからない先輩の奇行に腹を抱えている友達の肩に手をかけ立ち上がって部屋をでた。
湿り気を帯びた夜の空気は目には見えないが確実に空を覆っていた。どこまでも見通せる冬とは違う夜空が夏には訪れる。熱くなっていた顔がなかなか冷えない。しばらく戻るまいと決め、入口近くで煌々としている自販機の前に立った。120円のキンキンに冷えた缶の炭酸飲料を買い、自販機の横に腰掛けた。
空を見上げるとぼんやりと月が浮かんでいる。太陽は優しく全てを包み込む。だが昼間の、人を射抜かんばかりの日差しを思えば俺は月の方がよっぽど優しく全てを包み込んでいると思う。日差しの中で前に進むことはできる。しかし上を向くには眩しすぎる。月は前に進むには暗すぎる。しかし上を向くには丁度いい。晒すような光ではなく、隠すような光。
缶で少しでこを冷やした後、下を向いて缶を開けた。夏の夜にぴったりな音がなる。炭酸はもう夏の季語でいい。正面を向いて口をつけて、上を向いて体に流し込んだ。視界に月が入る。
強すぎる刺激だった。それは甘味と風味を残して、ふんわりと夏の夜に消えていった。