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9.11から20年。「戻れる祖国がなくなった」在日アフガニスタン人たちからの電話

今日で、2001年の9.11テロから20年です。
再び緊迫するアフガニスタン情勢に「戻れる祖国がなくなった」という日本に暮らすアフガニスタン人たちから連絡が入ってきます。

「この秋に大学を卒業して、日本企業で就職する予定だった。でも、国に帰れる可能性がほぼ0になったいま、自分は難民申請をするべきなのか、就職での在留資格を得るべきなのかわからない。これまで難民申請のことは考えたことがなかったから。」
「カブールにいる家族が危険な状態にいる。女性への迫害が強くなる中で特に妹が心配。家族を避難させたい。日本に呼び寄せるには、どうしたらいいのだろう。」
「日本政府のプログラムで研修生として日本に来た。終了後は国に戻るプログラムだが、それができなくなって、幸いにも自分が今いる安全な日本でしばらくどうにか暮らし働きたいと思っている。在留資格が無くなるのがとても怖い。在留資格がなくなって収容されたアフガン人を知っているから。」

WELgeeが普段出会うのは、身の危険を逃れ、自力で日本までやってきて、難民認定申請をし、結果が出るまでの期間を待っている「難民申請者」が圧倒的に多いのですが、今回のタリバン復権の混乱で「難民として日本に来たわけではない。でも、戻れる祖国がなくなった」こういった若者たちの存在が浮き彫りになってきています。

タリバンが復権する何年も前から少数民族への迫害、ジャーナリストや女性への弾圧など命の危険にさらされる人々がいました。
故郷を出て、他国で学び、働き、自分や家族や地域の未来を再構築しようとする人たちが大勢いました。その中には、外国で学び、いつか祖国へ戻ろうと思っていた人たちも。

20年前の米国同時多発テロのあと、日本で難民申請中の人たちが収容される出来事があったそうです。

日本にも、実は現在、3500人のアフガニスタン人が暮らしています。
来日した時期ももちろん異なり、それぞれの在留資格も『留学』『就労系』『認定難民』『難民申請者』『日本人の配偶者』など様々です。

共通して言えるのは、空港が閉まり、退避の可能性が消え、未来の見通しが現段階でつかないアフガニスタンで、不安と恐れを抱えて暮らす家族を、彼ら彼女らは精神的にも経済的にも、打開策を考えながら支えているということ。

すでに日本にいる彼らが安定した生活を得られることは、間接的に彼らの家族が支えられることにもなります。

難民状態にある人たちが、キャリアを通して日本で安定した未来を描けるようなサポートをWELgeeは進めてきました。自社での採用を通して難民の若者たちを支えたい!会社にとっても新しい展開への契機にしたい!という経営者の方や、企業幹部の方と、逆境を乗り越え踏ん張る難民人材の思いが、かけ合わさり、これまでの事例が生まれてきました。

それだけでなく、難民認定申請している人がちゃんと認定されたり、今帰れない人が特例措置で在留資格を得られたり、祖国から家族の呼び寄せができるようになったり、受け入れの枠が政府によって設けられたりすることが必要です。政府も民間も、連携できることはなんでもしてゆきたい。

未来を担う人を絶やさないために、私たちも彼らの声を聴きながら、共に模索していきたいと思います。

1日でも早く、家族が一緒に暮らせる日が訪れることを願っています。

ここでいただいたサポートは、入国管理局に収容されている方々に面会で会いに行くときの交通費に使わせていただきます。ありがとうございます。