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コールドアイズ 愛国者学園物語 第231話

(2603字)

ホライズン東京支局のある上司によれば、根津は良い男ではないらしい。


 彼は美鈴に顔をしかめて説明した。冷たい目・コールド・アイズと言われる根津透(ねず・とおる)。東大法学部を出てキャリア官僚になり、警察庁に入庁。公安警察を経て、情報分析の世界に入る。やがて、日本の情報機関である内閣情報調査室の室長として辣腕(らつわん)を振るったが、政府のスパイ容疑者尋問法案、通称・拷問法案に反対し、野に降る(くだる)。
そんな彼が冷酷非情、人情がない男、血も涙も無い男と言われるようになったわけとは、現場の人間が苦労して集めた情報を、分析と称して、バッサリ切り捨てるから。
 根津いわく、「それが出来ないと情報官にはなれない。義理と人情と浪花節では、人は冷酷になりきれず、必ず失敗する。現場の苦労にほだされて、どうでもいい情報に高評価を与えたりするからだ」
だそうだ。

 根津のそのような冷酷さだけでなく、彼が内調のトップだったこと、つまり内調室長イコール内閣情報官時代の仕事は、肝心の情報の仕事より、仲間内での争いの仲裁が大変だったと語ったそうだが、それをやり遂げたらしい。だが、政府の拷問法案に反対したせいで、上級組織の国家安全保障会議入りは立ち消えになり、官僚を辞めたが、本人はそれを苦にしてはいないという。
 その後はホライズンの客員研究員や評論家、ベトナムの専門家として、テレビなどで働いていることは良く知られている。ジェフとも長年の友人であり、マイケルとも親しかった……。
 
 いったんは出演を決めた美鈴であったが、その気持ちが揺らいできたせいで、出演を断ろうか迷った。だが悩んでも結論が出なかったので、止むなくジェフにメールを送り、

この番組に出る価値があるのか

と、正直に自分の気持ちを打ち明けた。
ジェフからの返信はいつものように早く届いた。それには、心配することはない。彼らがいかにいい加減か、日本人至上主義がいかに危険か、それが世界に伝わることになるだろう、などとあった。

 美鈴は返信に対する謝意を記し、かつ、もう一つの心配事を書いた。それは、美鈴の相方になる根津のことだった。
ジェフが、彼が信頼出来る人だと述べても、自分には彼を信じる自信がない。根津がその言動から日本人至上主義者でないと分かっていても、信じて良いのでしょうか。以前のメールにあったように、根津と吉沢は以前は友人同士だったが、今は犬猿の仲なのは良く知られている。彼らは番組で互いに罵り(ののしり)合い、収拾(しゅうしゅう)がつかなくなるのでは……?
ジェフの返信にはこう書いてあった。繰り返すが根津は信頼出来る。彼は「こちら側」の人間だ。「愛国砲弾」では、根津は、主役である美鈴を支援し、吉沢たちの妨害を食い止める脇役として活躍することになるだろう。
そして最後に、「心配は無用だからね」
とあった。
 美鈴はその言葉を読んでも不安を消し去れないまま、日々を過ごした。
 
 数日後、美鈴は再びジェフとオンラインで話す機会があった。それで、根津は警察官僚だったから体制側の人間、つまり日本人至上主義者なのでは、という疑問を再びぶつけてみた。
「その証拠は出せるかい?」
「いいえ」
「政府機関の長官だったからといって、日本人至上主義者とは限らないよ。それに彼の人柄について私はよく知っている。敵にすると恐ろしいが、味方にすれば実に頼りになる男だ。民主主義と自由な言論を守る人間だから、今回彼を選んだんだ」
「彼を信じてもいいんですね」
「ああ、信じてくれ」
美鈴の心はまだ決まらなかったが、尊敬するジェフがそう言うのだから信じようと思えた。
 
 「愛国砲弾」における討論について、ジェフに聞きたいことはあった。そして一連の疑問を話し合った後、美鈴はあるタブーを持ち出した。美鈴はその問題について、明確に声に出して質問したので、ジェフは不意打ちを受けた。
「じゃあ、昭和天皇の戦争責任はどうですか?」
と聞いた。するとジェフの元々白い顔が青ざめた。

「そ、それは話題にしないで欲しい」


と慎重な口調で言った。
彼のその態度に、美鈴は急に真面目さを取り戻して謝罪した。
ジェフは謝る必要はないよ、と力が抜けたような口調で言い、続けた。
 

 「マスコミっていうのは嫌な仕事だよ」

正義の味方を気取りながら、日和見(ひよりみ)主義で自分たちの都合の良い時だけ、人を助ける。そうでない時はなにもしない。タブーがないと称して、タブーを作り自主規制をし、口を閉ざしてしまう……。例えば、警察や自衛隊の暗部を見ない。ジャニーズの性加害問題もそう。大企業に弱く、中小企業には尊大な態度を取るマスコミだ。でもね、昭和天皇のその問題は避けて欲しい」
 美鈴は、なぜですか、という視線を送った。ジェフは元気なく説明した。それを公の場で語れば、特に日本人至上主義者である強矢と吉沢の前で語れば、彼らはそれを逆手にとって、君を反日勢力だとして糾弾(きゅうだん)するだろう。それに日本中の日本人至上主義者たちが君を許さないだろう。そして、そのうちに何人かは君に危害を加えるに違いない。現に、君に脅迫めいた言動をする人間があれだけいた。
「だからダメだ。安全は全てに優先する」

「言論の自由なんかないんですね」


美鈴が投げやりに言ったので、
「そうかもしれない」
とジェフは力なく言った。
 美鈴は、自分のようなただの社員の疑問に、トップが深刻な顔をして答えてくれる、私はそんなホライズンが素晴らしいと思います。私に命令して、口を閉ざさせることだって可能なのに一緒に悩んでくれるからと、感謝している旨(むね)を伝えた。ジェフの寂しそうな表情が、やっと明るくなった。
 
 翌日、美鈴と根津はホライズン東京支局で対面した。彼を見て、おでこが広い人だわと美鈴は思ったが、それよりも彼の屈託(くったく)のない笑顔に魅せられた。どうやら、ジェフの言うとおり、人当たりの良い人らしい。

美鈴は臆する(おくする)ことなく質問した。

なぜ根津はコールド・アイズと言われるのか、体勢側の人間だったから実は日本人至上主義者ではないのか、ジェフとはどの程度親しいのか、などなど。
それらの質問は初見の人に言うことではなかったのかもしれない。しかし、根津はそれらを嫌がらず明快に答えてくれたので、美鈴の心の中で彼の好感度がアップした。美鈴も、自分と愛国者学園の関わりについて語り、二人は信頼関係を築いた。
 
 
 つづく
これは小説です。

次回第232話 美鈴たちと強矢たちがネット番組「愛国砲弾」に出演する日が迫ってきました。双方の緊張が高まります。果たして、その胸中とは?
次回もお楽しみに!



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