逃げ回る女 愛国者学園物語47
また、彼女が泣きながら商店街を逃げ惑う映像を使って、「アグリー・ ルイーズ」の酷い言動を紹介した動画もたくさん出た。
これら侮辱的な映像は許容しがたいとしても、「アグリー・ルイーズ」としての発言は事実だったから、動画投稿サイトとしてもそれらを削除すべきか、否かなんとも厄介な代物だった。ネット社会でも、ルイーズ支持者と、「アグリー・ルイーズ」にけなされた人々による反ルイーズ主義者は激しく角を付き合わせた。
ルイーズは愛国者学園を非難したうえに、日本文化を馬鹿にしたから許しがたいという声も少なくなかった。確かに、ルイーズは自分の生まれ育った文化を最良のものとし、それとは異なる文化的価値観に対し、時に苛烈なコメントを発していたので、この指摘はルイーズに対して言い過ぎとは言えなかった。
さらに、ルイーズ側は彼女の救命を試みた商店街の人々への感謝をしていない、などと非難する声まで上がった。その一方的な怒りはどんどん膨らんで、ついには、ルイーズたちは自分たちを助けようとした商店街の人たちに対して「#恩知らず」という、ツイッターのハッシュタグがランクインするに至り、ネットニュース大手数社も、そのニュースで、ルイーズ側のサヨコの対応を暗に批判するような記事を出した。
実際は違ったのである。病院で一夜を過ごしたサヨコは、翌日商店街に戻り肉屋を訪問した。彼女に気がついたおばさんは店から出てきて、二人は再びお互いを抱きしめた。サヨコは精一杯の感謝を伝え、おばさんは涙を流してそれを受け入れた。
ルイーズに救命の手当てをした七味売りの権藤老人は自宅にいた。おばさんが電話してくれたのでサヨコは彼に対し、ルイーズの手当てをしてくれたことに謝意を表した。彼は「あんた、彼女の分まで生きるんだぞ」と口にして会話を終えた。
サヨコは救命に当たった二人に感謝していないなどと言い出したのは、日本人至上主義者たちと、正義感の強い人々だった。特に、毎日長い時間ネットのニュースを眺めて、それにコメントをせずにはいられないような集団が、サヨコを非難したものの、それは事実誤認に基づいた言い掛かりだった。
サヨコはいわれのない非難に気がつき、自らのSNSで、この事件について簡素にまとめ、商店街の二人にはすでに感謝の意を伝えたことを述べた。しかし、その内容が気にくわないネット社会のワルたちは、そのSNSを攻撃してひどいコメントを書き並べては、サヨコとルイーズを侮辱した。それがあまりにもひどく、アクセスが殺到したことから、サヨコは自らのSNSを非公開にせざるを得なかった。
日本のマスコミはどうだったろう。
事件発生当時は穏やかに見えた各社も、時間が経つにつれ、その本性を見せるようになった。新聞とテレビニュースは事件の事実だけを伝え、ワイドショー番組と週刊誌は報道と称して、ルイーズの人となりを盛んになじった。日本のマスコミの二重構造は、ここでも仕事をしたわけだ。
お上品なメディアである新聞やテレビニュースが報道できないことを、週刊誌、ワイドショー、それにネット番組などが伝えるという仕組みは、この事件でも機能した。
ルイーズの暗黒面を報道するメディアは、「アグリー・ルイーズ」のしてきたことを、時間をかけて紹介した。そして、コメンテーターなる人々のため息と、聞くに耐えないコメントを放送するのであった。
要は、ルイーズが愛国者学園の前で動画配信を始めるなど、ルイーズが悪いのであって、愛国者学園の子供たちには非がない、という主張だった。メディアにもいろいろな社風や報道スタイルがある。だが、視聴率や販売部数を重視する会社は、それらの数字が上がるような番組や特集を組むのが通例だ。
だから、悪い外国人に子供たちが怒ったという構図は、数字を稼ぐには好都合だった。彼らは愛国者学園に殺到したが、学園側の態度が硬いことを知ると、今度は学園前商店街のみつはし肉屋に好奇心の矢を向けた。彼らは店に押しかけ、挨拶もろくにせずに取材と称して活動を始めた。
続く
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