入り乱れた感情と理性を整理するには
久々に有料のカウンセリングを受けた。
カウンセリングというか、個人相談。(この表現がまたいい)
私の大好きな人の紹介も兼ねて、振り返る。
訪れたのは令和3年9月10日。
仕事で行き詰まり、転職を考えもして、だけどそれじゃただの逃げなんじゃないかとか、感情と理性がぐっちゃぐちゃのごっちゃごちゃ。
でもただ話を聞いてもらうだけじゃ前に進めない。しっかり整理整頓したい。そんな思いで、以前からお世話になっている人を頼った。
私には、1年ほど前から、
コミュニケーションスキルのトレーニングで
お世話になっている人がいる。
谷澤相談室の、くみ。
私が憧れている、大好きな人のひとりである。
彼女はスクールカウンセラーを本業としていて、その傍らで大人向けにもコミュニケーション関連のセミナーを主催している。(っていう認識で合ってるだろうかくみ。)
私がくみと出会ったのは、キャリアコンサルタントの紹介がきっかけだった。
「Jerryさんにとてもおすすめの人とキーワードがあります」
そう紹介されたのが、
くみの主催する「アサーティブトレーニング」の講座だった。
私はタイミングよくキャンセルがでた基礎講座を即座に受け、自分も相手も尊重するコミュニケーション方法に感銘を受けた。
その後も応用編とステップアップ講座、
アサーティブカフェへの参加と、
だいたい月1くらいの頻度で参加した。
毎回講座の内容がとても濃密で、
くみとはもう何年も前から知っている人のような感覚になっていた。
すべて画面越しでの講座受講だったにも関わらず。
くみのいる空間は、とにかく心地よい。
話を聞いてくれるときの間のとり方、
リアクション、どれをとっても絶妙。
(私は大好きである。)
合間合間で話を整理してくれ、
話の中での心の機微にも気付いてくれる。
否定せず、
心をそばだてて、
そのままのその人、
その体験を、
手の平にのせてくれる。
さすがは傾聴のプロ。
そしてくみは、課題の整理も忘れない。
解決するか否かはさて置き、
どこに向かって話をするかというのは非常に大事である。
大事であり、ひとりではさまよいがちなこと。
私はただ愚痴を言うとか、
ただ悩むというのがキライだ。
愚痴は言っちゃいけない、とまでは思わないけれども、言うのであれば次に繋がる一助にはしたい。
(そう思いながらも結局愚痴や弱音で終わってしまい自己嫌悪になるタイプ)
私は今回、初めてくみに個人面談をお願いした。
仕事も副業もうまくいかなくて、
寝付きが悪かったり呼吸がしづらかったりと、
身体症状が出始めていることに危険信号を察知したからだ。
マイナス思考がぐるぐるめぐり続けて、
まいってしまいそう・・・。
そんな日が続いたある朝、
たまたまくみからメールがきた。
来月参加する講座の案内メールだ。
すかさず返信した。
「くみ、今仕事のことでとってもしんどくなっちゃってます、お話聞いてもらえますか。」
するとすかさず返事がきた。
いつならあいてるよ、というその日は、
奇しくも私のシフトが休み。
これはお告げだ。
私の心も
「くみに会いたい、話聞いてもらいたい」
と素直に思っていた。
そして来る令和3年9月10日。
(メールから3日後くらい)
(前置きなげぇ。)
結論から言って大満足だった。
私が話したかったことを話せた。し、整理できた。
もちろんもっと話せたけど、限られた時間の中で、目的地に必要な分に絞って、話せた。
(・・・・録音しておけばよかった。)
(いや、後で聞くのなんて恥ずかしすぎて聞けないから、やっぱり録音はしなくてよかった。)
1時間半、思いつく限りの話をした。
職場での人間関係、副業がうまくいかないこと、昔のトラウマ、自分なりに自己分析してみたこと。こう思う、だけどこうじゃないといけないと思う、こういう風にするのが理想だけど、うまくいかない…。
くみは例の絶妙なさじ加減で相槌を打ってくれたり、内容を聞き直して整理してくれたり、「大変だったね」「つらかったね」って受け止めてくれたりしながら、心から耳を傾けてくれた。
あぁ、今この人、全神経を私に向けてくれている。
適当にじゃなくて、ちゃんと聞いてくれている。
私は安心した。
それだけでも十分だった。
でもくみは、
私に言葉のプレゼントもしてくれた。
ジェリーがジェリーであるとはどういうことなのか。
くみは言ってくれた。
「ジェリーは本当によく頑張ってると思う。冷静な自分が分析できてるが故に余計しんどいと思う。
悩んでるのは辛いと思うけど、でもね私、ジェリーに悩むことをやめてほしくない。悩めることそれ自体が、ジェリーの良さだと思うから。
ジェリーはいろんなことがわかってしまうし、
そしてそれを背負おうとする優しさがある。
それはジェリーのいいところ。
なくしてほしくない。」
私はその時、すごくハッとした。
「背負う」
という言葉に。
そうだそれ、めっちゃしっくりくる。
私は ”勝手に” 他人の荷持まで背負おうとする癖ある。
背負えないのに。
自分の荷持だってちゃんと持ててないのに。
でも、くみはそれが私の優しさであり、私の良さだと言ってくれた。
私自身、そういう自分に陶酔したいのだと思う。
他人に優しい自分、
他人の力になれる自分、
他人を救える自分。
結果それが、本当に相手のためになり、力になり、救えるのなら、私の生き方は素晴らしい物語として完結する。
現時点ではどうしようもないほど自分は無力で、誰のことも救えず、自分すら苦しめている始末だ。
ハッとして内省する私に、くみは続けた。
「ハプニングが起こった時とか、しんどくなっちゃった時、
思い出せればいいかもしれないね。
これ以上は、この部分は、
私が背負わなくてもいいんじゃない?って。」
確かに。それはすごく現実的。そう思った。
その時私は、自分でこのことについてたとえ話をした。
「全員が計算ドリル10問を与えられていて、苦しんでいる誰かがいるとしたら、私は自分の問題が解き終わってないのに、代わりにそれを片付けたくなってしまう。」
表面的に見ればきれいなお話に見える。
でもそれは、他者の成長の機会をいくつも奪っているだけでなく、果たすべき自分の責任すら放棄してしまっているのだ。
まずは自分のドリルを片付ける。
いや、別に自分のドリルも他人のドリルも同時並行だっていいのかもしれないけれど。
くみの一言は、自分を押しつぶさないためにとても役に立つ発想だった。
「それは私が背負わなくてもいいじゃない?」
それからこれも、すごく嬉しかった言葉だ。
「講座をしているときにずっと感じていたの。
ジェリーはね、ほしいタイミングで、ほしい言葉を投げてくれるの。
講師が求めてるリアクションをしてくれるし、
他の参加者の様子もみながら、
それをしてくれてるな、って、ずっと感じてたんです。」
(念の為その言動がズレていなかったかどうか
確認してしまったけど大丈夫だった。笑)
「願わくば一緒に仕事をしたいくらい。笑」
私は想像した。
頭の中に、浮かんできた。
どこかの体育館で、くみと一緒に登壇している自分を。
くみと一緒に仕事をする。
それはシワシワに乾燥してしまった私の心が、
ほんの少し潤いを取り戻す想像だった。
いつか、そんな日が来るのか来ないのか。
それは神の味噌汁・・どんな味だ・・・
神のみぞ知るところだ。
1時間半の中には、私の数日分の苦悩をつめこんだ。入り乱れた感情と理性の葛藤。
私の悩みは消えてないし、問題が解決したわけでもない。
でもくみの力を借りて、自分の輪郭を掴むための材料が増えた。
私はワタシをしっかり見た。
自分をしっかり見てあげるのは、自分を大事にすることの一手。
谷澤相談室。
訪れてみて大正解だった。
ぐらしあすさんくすしぇいしぇいかむさはむにだありがとう。
ちなみに基本は1時間6000円です。
30分もサービスしていただいちゃった。
ありがたや。
(ちなみに初対面の方は8000円。)
あと駐車場ありでした。
相談室の一階が駐車場なので、よっぽど車高が高くなければ大丈夫です。
(私はヴェゼル乗ってます。)
わんこ様の存在感と、絶妙なタイミングでのアピールもツボです。
ご精読ありがとうございました。