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山葵&バニラ(日記)

 わさびをよく育てている地方の道の駅に、わさびソフトが売られていた。食券システムで、店員はそこにいなくて、〈用があったら押してください〉のベルを押せば来るくらいの過疎度。
 わさびソフト、想像するにはマスカット色で、ちょっと日和ってわさび風で、たいして辛くもないものなんだろうという想像をする。私は辛いものが好きなので、わさびを名乗っておいて辛くないものが出てきたら残念な気持ちになる。食券は〈山葵〉、〈山葵&バニラ〉の2種類。
 もし、わさびが名のみの薄さだった場合、〈山葵〉を頼んでしまうと、ひとつまるまる、うっすら残念な気持ちで食べ進めることになり、まあ背後霊ぐらいにはわさびを感じて、こういうのがあっても良いとは思います くらいの気持ちで終わる未来が待っている。食べないうちからその未来がはっきり見えた。
 なら、初めから〈山葵&バニラ〉を頼んでおいて、わさびを外してしまったとしても50%はバニラの順当な美味しさが待っている状態にした方が、安全なんじゃないかと思った。それに、わさびが当たりだったとして、山葵×バニラの組み合わせをそもそも今までに体験したことがなかったから、おいしい×おいしいでプラスしかない。

 というのを10秒間くらいで考えて、スムーズに〈山葵&バニラ〉のボタンを押した。ギューーという牛みたいな音が鳴って、食券が出てきた。

 店員さんはいないので(その売店の周辺に来て・食券を選んで・カウンターに行くまでの間ずっと不在)、〈用があったら〉ベルを鳴らした。こういう売店って鳴らしても来ないんじゃないかと思っていたら、扉の裏で待っていたかのように速攻で出てきた。

 そのとき、その人の左手を見て、〈山葵〉にしておけば良かった、と思った。
 でももう買ってしまったものだから、手に持っていた食券をそのまま渡すと、店員は「山葵バニラね」と声に出して、滑らかな動きでコーンにわさびバニラを注ぎ込み、さくっと渡してきた。渡したらすぐバックヤードに戻っていった。

 食べると、予想の三倍くらいは''当たり''だった。わさびがちゃんと〈山葵〉している。ちゃんと舌でぴりっとするし、小学生は嫌がるくらいの辛さがあった。色は想像通りマスカットくらいの鮮やかな黄緑色だから、見た目は甘そうなのにちゃんとわさびで良かった。バニラとの相性も良くて、ふつうに家に帰ったらバニラアイスにわさびをかけて食べたいな〜と思うくらい、境目を感じず、一緒になってまろやか&ぴりりを演出していた。

 食べながらずっと、ひとつの後悔が頭の中を過ぎっていた。こんなに美味しいなら、〈山葵〉にしておけば良かった、という後悔。バニラに取られている50%を、そのままわさびにしていたら、もっとわさびを感じていられたのに。バニラなんてどこでも食べれるから、保険なんてかけずに、わさびに全ベットすればよかった。
 こういうところで賭けに出られないのが自分の弱さなのかもな〜と思いながら、ぺろっと食べ終わった。

 さっきの店員さんの左手は、衛生用の透明の手袋をしていたが、その上に、さっきまで擦っていたであろう山葵がいっぱい付いていた。ベルを鳴らしてすぐに出てきたから、多分擦っていたところを私が邪魔した形になったんだと思う。
 ちゃんとした、山葵なんだな、とそれを見て思った。ちゃんとしていないわさびを想像するのは難しいが。偽物ではなく、ほんとに育てたものを、ふつうに提供していた。
 じゃあそれが分かるように宣伝した方が絶対いいよとも思いつつ(道の駅とか温泉とかによくある、〈いちご&バニラ〉〈巨峰〉〈抹茶〉とかのあのソフトクリームの、垂れ幕みたいな長方形のあれに沿ってポップが作られていたから、大量生産で作ったまやかし と思ってしまった)。

 まあ、もし仮に〈山葵〉を頼んでいたとしても、「ここにバニラがあったらもっと美味しいんだろうなあ」と思ってしまうだろうし、どっちを選んでももう片方が羨ましく見えるんだろうとは思う。でも、自分自身の性質と相俟って、〈山葵〉に行けなかったことが妙に悔しくなった。もっと生産者を信用すべきだった。それに、人生で起きるイベントは、外れを引いたとしてもそれを当たったことに捻じ曲げられるわけだから、初めから安牌を引きに行こうとしなくたっていいのに と自分自身に対して思った。

 ○

 高校の修学旅行で北海道に行ったとき、同じようにラベンダーソフトを食べたシーンがあった。そのとき、自分が具体的にどれを食べたか覚えていない。〈ラベンダー〉か、〈ラベンダー&バニラ〉か。ただ自分のスマホには、そのとき一緒に行った親友が笑顔で食べている写真があるだけで。そのとき彼がどんな感想を言ったのか、それを撮りながら自分がどんなことを言ったのか、はっきりとは覚えていない。ラベンダーの風味がしたのはなんとなく覚えている。

 修学旅行でラベンダーソフトを食べたことが、こうやってわさびソフトから思い出せただけで、わさびソフトを食べた甲斐が有ると言える。

 私は色んなことをしてきて、その全てを今、思い出すことができない。二十数年間分の記憶のうち、何日分を思い出せるんだろう。時間にしたら一ヶ月くらいなんじゃないかなあ。もっとあるか。
 何もしなかったことは、思い出しようがない。でも、何かしていたら、こうやって変なところで思い出せるわけだから、困ったら賭けに出た方がいいと改めて思った。

 ○

 家に帰って、〈山葵&バニラ〉のことをしばらく考えていた。
〈山葵〉にしたい思いはあった、だけど、〈山葵&バニラ〉は単体でめちゃくちゃ美味しかったし、それ自体に文句は無い。多分、味でいえば〈山葵〉よりも美味しいはず。だから、賭けたかったって気持ちを除けば、〈山葵&バニラ〉にしたことは間違っていないと思う。より美味しい方を選べたのならそれで。

 そこでふと自分は、〈山葵&バニラ〉の立ち位置に回ることの方が多いなー と思った。ところどころとげとげしながら、でも安定して好かれる部分を必ず用意しておいて、選択自体が誤っていたと思わせない操作 みたいな。
 わさび全振りの投げ身に憧れ続けているが、そこまでは出来ないし、「でも最終的に美味しいのはこっちじゃん」みたいな気持ちさえある。
 美味しければいいって訳じゃないからなー。賭けたいって思ってくれる方が、嬉しいからなー。

 いつからか自分が、〈いちご〉とか〈チョコ〉ではなく、ちょっと変な〈山葵〉であることに満足していて、わさびだからいいだろうと安心していたものの、実はバニラがほとんどを占めている逃げのわさびソフトになっているんじゃないかと思わされた。
〈山葵〉になりたいし、〈山葵〉をスッと選択できるような人になりたい。そのほうがかっこいい気がする。

 窓の外で警察のパトカーが「運転手さん止まってください」と言っている。何重にも響いて膨らんだノイズが、すぐに遠くに消えていった。ちゃんと捕まえられただろうか。
 山葵&バニラだけでこんなに考えていたら、生きていくのに時間がかかりすぎる、と思って考えるのはやめた。

 ○

 でも、今こうしてこんな日記を書いたのは、わさびソフト→ラベンダーソフトを思い出したように、日常的にわさびを使う度に、〈山葵〉〈山葵&バニラ〉のことを思い出してしまうからである。毎回これを思い出すくらいなら、一回文字にしてしまって落ち着いた方がいいと思って、書くことにした。
 この前は回転寿司に行って、好きだからって調子に乗ってわさびをつけすぎて、辛い!!と涙が出てきたとき、でもこれでいいんだもんな と思ってちょっと嬉しかった。自分の向かっていきたい方向性が料理で頻繁に確認できるというのは、幸福なのか不幸なのか、今はまだ分かっていない。

20240917


 

 


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