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矯正(短歌・短編)

 短歌入り短編。


  矯正    丸田洋渡

 

 骨盤矯正の人が、ひとしきりやってくれたあとで、短歌も治せますが と言った。聞き間違えたと思ってぽかんとしていると、口を過剰に大きく動かして「短歌も、治せますよ」と親切に繰り返した。
 じゃあ、お願いします と興味本位で応えると、俯せにさせられて、また骨盤の矯正をするかのように、私の体を指で強く押しはじめた。すると自然に、私の喉は詠いはじめた。

俯せに君ねむりをり初夏のつめたき床に右頬つけて

やわらかき月のひかりの捻じ曲げる骨盤を押し曲げて直せり

あおあおと道に一本刺さりたる看板に東京までの距離

さびしさは風のようなり吹き抜けしのちに舞い込む白い絵葉書

うつくしき鏡のなかを反対に映る短歌を逆さまに読む

 私の短歌じゃないみたいだ……。目を、ぱちぱちさせて、一体これはどういうことか尋ねた。

「え。矯正……」

 整体師は、さっきとは違うところに指を置いた。

海の見えるバスは海から見えるはず 見ようと思ったことは無いけど

何もないところに立つと何もないことが真っ先に感じられる

ラーメンに涙が落ちる 変わるかと思った味は変わらなかった

ロッカーにきみがコインを入れたのは、これがコインロッカーだったから

短歌が短歌たりうるためにそれっぽい撥で太鼓をたんたか叩く

 いや、これはこれで、力が抜けすぎるっていうか、とお茶を濁すと、整体師は嫌そうな顔で「わがまますぎる……」と呟いた。

デトックス/デッドストック 自分から不必要な部分を切除する

レアメタルよりも詐欺師が多いのは当然のこと 増えていくから

しあわせを握ったまんま帰ったら潰れてぐちゃぐちゃの玄関先

血みたいに、どろどろとさらさらがある愛はどちらに転んでも病

短歌から来ていた手紙 請求書かと思って千切って捨てちゃった

 なんか、ほぐれて、適度に凝って、元に戻ってきたような気がする。気分は特に変わらないが、喉がやたらといがいがする。 
 それにしても、所々短歌の中に短歌が出てくる作りのものがあるのは何故なんだろう……

 整体師は、私の背中越しに、囁くように話した。
「短歌についての短歌を作ってしまうのは、それはひとえに、私の「癖」ですね」
 へき。
 それを、私を使ってやらないで欲しい……と思っていると、整体師は最後の力を振り絞って、自棄みたいに強い力で背中を押し始めた。かなり痛い。私の喉は、叫び声と同じように、思ってもいない短歌を詠み始めた。

短歌とは旧知の仲でお互いに言わんとすることが分かるんだ

飼い主が目立つ動物番組の動物はカメラを見ていない

最後にかけるチーズみたいに 短歌なら 短歌ということにしてくれた

いうことをきくし暴れることもない短歌はいい子 とってもとても

短歌ならなんでもいいよーと言ったら、短歌は嬉しがると思った

それは短歌が言ったことであり、決して私の言葉ではありません。

隷属の、短歌は

 ちょっと、

 台を叩いて、止めさせた。力が強すぎて、これでは私の骨盤が短歌ごと曲がってしまう。逆か。短歌が骨盤ごと曲がってしまう。
「なんですか?」整体師はとぼけている。
「これは矯正でもなんでもない。私を使って変なことを言おうとしないでください。私はこんなこと言いたくない。あなたが言いたいことはあなたの口で言ってください。それに、この内容、短歌が何も言わないのを良いことに、好き勝手言って、」
「黙ってもらえます?」
 整体師は、人が立ち上がるのに必要な骨のみを背中の上から抑え、素早く、最小の力を以て私を立ち上がれなくさせた。力が上手く入らず、体を起こすことが出来ない。

「そういう、意味のない擬人化で分かったような口利かれてもね、困るんだよ」
 擬人化は、そっちがし始めたんだろ! と言おうとしたが、やめた。息がしづらい。
「それに、まずね、短歌を治したいとか言われてもね、」
 言いだしたのはそっちだろ!
「治せると思って引っかかる側も悪いでしょ!」
 ……。
「創作に治るも治らないもないでしょ。個性は直すんじゃなくて、伸ばすものなんじゃないの? 人の力借りてんじゃないよ」
 それは一理あるが……こいつ、言わせておけばべらべらと……。

 私は怒って、一気に体に力をかけて、寝返りを打とうとした。回転することに力をかけた。整体師は思いがけない動きだったのか手が滑って、力が分散した。その瞬間に私は回転の勢いのまま体をよじって台の上から転げ落ちて、慌てて立ち上がった。そして、

「そもそも、骨盤矯正の方が怪しいだろ! 短歌よりずっと!」

 と指をさして叫ぶと、整体師は急に恥ずかしがって、顔を赤くして、
「帰れ!」
 と怒鳴った。私は、お金だけ台の上に投げて、急いでその部屋を出た。扉を開けたとき、後ろから小さな声で「好きでやってんだからいいだろ……」と聞こえたことだけが、気がかりだった。

 店を出ると、外は夕方と夜の境くらいで、空が紫色になっていた。それを見て、何かつらつらと思い浮かんだが、危うく短歌になりそうだったから、言葉にするのはやめた。

  了


 

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