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潮風の落書き

城山は神奈川県と静岡県の境目にある小さな町に出掛ける事がある。

その町には小さな漁港と市場、そして戦国時代の城跡ぐらいしかない静かな町だった。

その日もいつも通り駅から漁港を通り抜け、海岸線沿いの遊歩道の入口から歩き始めた。

遊歩道の中間地点には鉄筋コンクリートの骨組みだけのビルがある。バブル時代にホテルとして建設が始められたがバブルが弾けて建設が中断されてからは雨風に吹きさらしの状態で放置されている。ビルは完全に忘れ去られた状態で立ち入り禁止の看板も折れて地面に転がっているような状態だった。

いつもならば無人のはずのビルの横にその日はワンボックスカーが駐車されていた。そしてビルの外壁にスプレーで絵を描いている男がいた。

男が描いている絵は太陽に反射したフェニックスが潮風に乗って壁から飛び出してくるような錯覚を覚えるほどキレイで迫力があった。

城山は絵を間近で見たかった。絵はキレイだ、しかし、絵を描いている人物は初対面で、明らかに法律に違反している事をやっている。中世イタリアの画家カラバッジョは喧嘩やトラブルが多く、問題を起こして一時期ローマから離れていたぐらいである。目の前の絵描きが喧嘩好きでキレやすい人物だったらどうする?しかし、城山は絵のすぐそばに行きたかった。城山は少し離れた場所で目の前の絵描きを観察していた。声を掛けるか?声を掛けずに立ち去るか?それが問題だった。そのとき目の前の絵描きが城山のほうに振り返り、そして手を振ってきた。

城山も反射的に手を振った。そして城山は相手の顔を見て外国人だと気付いた。とりあえず手を振ったが外国人だとわかると不安になった。わざわざ外国にまで来て廃ビルの外壁に落書きするぐらいである。地元で問題を起こして日本に流れ着いたかもしれない。

城山は怖くて足が震えたが今さら逃げるわけには行かない。相手の方が足が長く、若くてすぐに追いつかれる事ははっきりとしていた。城山はひきつった笑顔と震える両足で相手の方へとゆっくり歩き始めた。

絵描きに対する第一声はどうする?第一印象が大切だ。城山はその時に英会話教室の渡部さんのアドバイスを思い出した。

「いいことを教えてあげよう。初対面の時は天気と健康の話をすれば失敗はしないだろう」

それが渡部さんの教えだった。城山は絵描きに「いい天気ですね。ここは風が気持ちいい」と話し掛けてみた。相手は「Yes.(そうだね)」と返してきた。優しい目をした好青年だった。

次に城山は「あなたの絵は素敵ですね。もしご迷惑でなければあなたの絵の写真を撮っていいですか?」と聞いてみた。相手の返事は「Sure.   Go   ahed.(いいよ。好きにしなよ)」だった。

城山は2~3枚の写真を撮り、相手に写真を撮らせてくれた礼を言ったあとに気さくなカラバッジョは英語でこういった。

″You love my graffiti,don't you?     You can take you'd like to take.   I'ts just art.

(お前は俺の絵がすきだろ!

おまえの撮りたいように撮れよ。 

それがアートだ。)  

城山はその場を立ち去りながらやはり英語はオモシロイ、そして俺は英語を止めることはできないだろうと思った。

あの絵描きは都会では時間を掛けて自分の作品を描き上げる事は出来なかっただろう。本当にアーティストが妥協せずに作品に打ち込むためには東京から遠く離れた海岸まで遠出して作品を制作できる環境が必要だった。本物のグラフィティ・アートは都市から遠く離れた場所にある。城山は帰りの電車の中で海を見ながらそんな事を考えていた。

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