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小説 ある惑星の大統領執務室の会話を盗聴しました。

大統領の執務室の中は緊迫した雰囲気だった。ローザンステラ製の特注の机の上には午後のリモート会見のための想定問答用のA4用紙が置かれている。
「閣下、いかがでしょうか?」と先月に任官したばかりのランドルフ大佐が職業軍人らしく、軍の服務規定通りの「機械のように一語ずつ均一な速度」で大統領に確認する。「全て完璧だ。セオリーから1インチたりともズレはないはずだ」と彼の心の中は自信で満たされている。

「君はアナスタシア星系の国境警備の任務で卓越した成果は素晴らしい経歴だと聞いている。しかし、時間はまだある。書き直して貰えないだろうか?」
「了解致しました。どのような齟齬が閣下の不興を招いたのでしょうか?小官に自省の機会を頂けるようにお願い申し上げます。」
大統領の声は暖かく、しかし、それが不気味だった。大佐は背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じていた。軍人は不安や緊張を表情に現しては信頼を失う。彼は一語ずつ先刻よりも更に機械的に絞り出した。

「君は私に対して、齟齬、不興、自省と発言したね。そして、この原稿には遺憾、遅滞、職責と記してある。」
「以前の任務を参考にしました。どこに問題が現出しているのでしょうか?」
「君の原稿は職業軍人向けの会見、演説ならば全く問題はない。しかし、私は多種多様の職業、地位、立場の人々に向けた原稿を求めている。この原稿で用いられている言葉は硬質で煮ても、焼いても料理出来ない金剛石のようだね。」
大佐の頭の中では「$%№√π€£・・・」の様に意味を解読することすら出来ない記号たちがサイファ、つまりは複数のキッズがフリースタイルでお互いのライム(言葉)の掛け合いをしているようで立っているのが精一杯だった。「検討して、再提出を致します。」
大佐はそう答えた。そして、大統領の机から床に散らばった砂粒を集めるように原稿をまとめると静かに執務室を退室した。原稿は親指と人差し指に強く握られて、厶ール貝の片割れのようだった。

大佐は辞令を受けた時からの疑問をひとつだけ解決できた。
「軍事部門担当の大統領報道官は直近一年間で3人も交代している。しかし、大統領は3期目の大統領当選が確実と目されている。現状確認は完了した。ここには私の居場所は無いようだ」
大佐はその足で人事部に向かい、辺境警備への異動届を提出した。
#小説

*執務室ってこんな感じですかね〜*

     〜オマケ〜https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-221121X674.html


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