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ステノを知った
ステノとは
ステノは日本語にすると「速記」
(ここではタイピングする方のデジタル速記を指す)
名の通り速く記すための技術なんだとか
録音機とかの文字起こしが広まるまでの間、人の話す内容を記録するために開発されたらしい
現在も、テレビの字幕とか
聴覚障害者の筆談とか
いろんなところでこの技術が活躍しているそう
ステノは普通のタイピングとは根本的に仕組みが違って
同時押ししたキーの組み合わせで文字を作るらしい
しかもめっちゃ速い
魔法みたいに速い
実際に使ってる映像
ステノを使っている動画をいくつか見つけたから
ぜひ見てほしい
↑「ステノワード」
↑「ソクタイプ」
この二つの動画では異なるステノを使っている
どっちも速い
互いのタイパーの練度が比較できない以上どちらが優れているとかはわからないが
どちらも異次元に速いことは確か
後者の動画は入力と出力にラグがあるから分かりずらいけど
手の動きに対して出てくる文字の量が多すぎてとてもおもしろい
ほんとに魔法のよう
あと英語版もあるらしい
↑ploverのenglish stenograpy
だいたい一回の手の動きで
一単語出てくるのが見ていて気持ちいい
こうして英語と日本語のステノを見比べてみると
日本語のは変換を挟む分少し遅く感じる
というか英語のスルスル文字が進んでいく感じの気持ちよさが
日本語には足りない気がする
ステノワードとソクタイプの違い
日本語ステノの違いについてもっと調べていくと、
明確に違いがわかってきた
ステノワード
キー数がたったの14
左手子音、右手母音
同時押しの「略語」がいっぱい(教科書3冊分)
ソクタイプ
キー数が21(ステノワードよりは多いけど十分少ない)
親指を除いて左右対称
「略語」が活用する(覚えやすそう)
大体こんな感じ
どちらも速記特有の「略語」というのがあって
よく使う言葉をあらかじめ用意している
「よろしくお願いします」とか「ありがとうございます」とかよく使う言葉が
初めの数文字だけ打った段階で予測変換されるのに似ている気がする
この略語を覚えればその言葉は素直に打たなくていいので
略語の数が多ければ多いほどタイピングは速くなる
でも多ければ多いほど暗記の負担も大きい
ここはトレードオフなのだろう
話を戻すと、
それぞれの特徴はそれぞれのコンセプトの違いに思える
ステノワードは指をホームポジションから動かさなくていい分速そうだし楽そう
ただ、キー数が少ない分、表現できる情報量が減っているとも言える
その差を埋めるのは略語の暗記しかない
必ず暗記量はソクタイプより多くならざるをえない
その点ソクタイプはキー数が多いので、一度に表現できる情報量が多く
暗記の負担が少なく
略語の最大数は多い
こうして単に比較するとソクタイプの方が優れていそうに見える
練習するとしたらソクタイプかしら
あら素敵ね、おほほほほ…
そもそも使えるのかしら
ここでふと最初に設定した条件を思い出す
iPadに繋がるんか?
あの動画のでっかいやつが?
うーん
そもそもソクタイプはPCで動くのか?
専用の機械でしか動かないとかない?
不安になってきた…
やってる人が少なすぎる
なんとか掴んだ情報によれば
どうやらPCでも、あの英語版を動かしていたソフト「plover」で速記はできるらしい
拡張機能みたいな感じで、有志が作ったシステムで動かせるとか
ステノワードもソクタイプもすでに先人によって作られていたので
PCでならOS問わず動かせるらしい
良かった
存在を知ってもなお使えないことがわかって
「これよりもっといいのがあるのに…」
って思いながら普通のキーボードでタイピングをすることにならなくて
まあiPadでは動かないけど
でも思い返せばタイピング速度向上の究極の目的は大学生活のため
大学でレポートとか書くであろうことに向けてのものだった
ならPC限定でもいいじゃない
iPad限定で使えるかを基準にキーボード配列を練習していた当時はなんだったのか
設定条件が間違っていたのだ
さて
しかしどうやって学ぼうか
今までのは学ぶとかなく、
ただ見た通り打つだけだったが
今回はしっかり打鍵ルールを学ばなければならない
ソクタイプの動画は残念ながら2人くらいしか動画を上げていないし
やってる人が少なすぎる
英語版は何人ものYouTuberが取り上げているのに
対する日本語版のそれの少なさよ
英語版はわかりやすい解説動画がいっぱいあるのに
日本語は(ry
未開の地に飛び込む楽しさはあるが、不安も共にある
たとえいいものでも
あまりに特異だと皆から避けられるのだろうか?
日本語ステノの情報量の少なさには何か奇妙ささえ感じる