海外動向 10/9〜10/15
当研究所では、ケーブル業界の独自の視点で放送・通信・メディア等に関する海外動向の調査・分析を行っております。このノートでは、おもに海外で一般に公開されたニュースや企業からの発信情報をもとに興味深いものをご紹介します。
◆ 今週の重要トピック
少し前の通信事業者といえば「土管屋」と揶揄され、時代ごとに中心となる速度や技術のネットサービスを提供することがビジネスの中心でした。固定ネットでいえばギガビット、モバイルでいえば5Gなどです。それが徐々に変わろうとしているようです。ヨーロッパを代表するモバイル事業者Orangeとドイツテレコムは5Gや6Gについて異なる見解、言い換えると経営戦略を描いています。さらに米国ではケーブル事業者から固定ネットの顧客を奪っているFWAについても事業者によって位置付けがまったく異なっています。
◆ インフラ
モバイルの6Gは既存の設備(ハード)上でソフトの更新によって多くが実現されるべき
フランスの大手モバイル事業者OrangeのCTOが発言しています。もともと1年前にNGMN(Next Generation Mobile Networks Alliance、次世代モバイルネットワークアライアンス)でも同様の発言がありました。モバイル事業者は3G、4G、5Gと世代が変わるたびに基地局や端末などに巨額の投資を行ってきました。この考え方を変えるべきだというものです。そもそも「G(Generation、世代)」という考え方が時代遅れだとも言っています。また、この考え方を実現するためのベースとして、汎用ハード上で機能をソフトによって実現する「仮想化」を挙げています。一方、懐疑的な見方には、すでに6Gに盛り込まれている機能をソフトだけで実現するのは不可能というものも。これに対してはAIの処理で高い処理能力を見せているNvidiaのGPU「CUDA」を活用することで、より広い範囲をソフトの更新でカバーできるという考え方もあるようです。モバイルの5Gでは、ベンダーが期待していたほどの投資を事業者が行っておらず、大手ベンダーであるEricssonとNokiaは2016年以降、全従業員の14%、2万9500人を解雇しています。仮にこの動きとなった場合、マーケットの規模が大幅に縮小することからベンダーにとっては死活問題です。ただ、モバイル事業者にとっても5G化による収益増が見込めていないことから、6Gにあたりこういった方針を検討することは致し方ない側面があります。
5G時代の勝ち組になったドイツテレコム
モバイルの「T-Mobile」ブランドで知られるドイツテレコム(Deutsche Telekom)が好調です。5Gへの投資負担に苦しみ、5Gからの収益を得られずにいる競合他社とは大きく異なり、「すでに5Gへの投資コストを回収した」といいます。好調な業績を受けて時価総額も圧倒的です。10年前となる2014年、競合であったVodafoneより150億ユーロも低い600億ユーロでした。これが現在は1310億ユーロと倍増。一方、Vodafoneは230億ユーロと70%も下落し悲惨な状況です。背景にあるのは戦略です。米国では周波数オークションで高額な3.5GHz帯を獲得せず、Sprintの買収により得た2.5GHz帯を活用することで競合となるAT&TやVerizonより好調な業績を維持。米国以外でも5Gでリードしているほぼすべての市場でシェアを3〜5%増やしています。これは投資戦略の勝利であり、この投資により収益がもたらされ、利益増につながっているといいます。具体的には2020年以降、収益は年率平均で3.6%増、調整後の利益は6.9%増となっています。
コスト削減にも余念がありません。その鍵と位置付けているのがAIで、カスタマーサポートや財務レポートの作成、アプリケーション開発などさまざまな分野に適用。分野によりますが30%前後の効率化を狙っているようです。人員についてはSprintを買収した米国事業を除くと2016年の17万3500人から2023年末には13万7000人まで削減。この削減は今後も継続する方針です。
FWAはつなぎ? それとも本命? 事業者によって分かれる意見
Washington DCで開催された「Broadband Nation Expo」での発言です。AT&Tの幹部はDSLからFTTHに移行するまでの「つなぎ」とFWAを位置付けているのに対し、UScellularの幹部は「一時的なものではなく、長期的なソリューションだ」としています。
英国、ギガビットブロードバンドの利用可能世帯が85%に、政府の初期目標を達成
2023年末は80%でした。英国政府が50億ポンドの予算を投じたブロードバンド普及促進策「プロジェクト ギガビット」では2025年までに85%、2030年までに99%を目指しています。
Broadcom、50G PONチップセットを発表
50G PONの光回線終端装置で用いられるもので、局舎のOLT向けと加入者宅のONU向けの2種類です。NPU(Neural Processing Unit)を内蔵しており、AI・機械学習を高速で実行できるのが特徴です。
水道管ファイバープロジェクトが失敗に終わる
英国で2022年1月から2023年9月にかけて実施された「Fibre in Water」プロジェクトの評価結果をDSIT(The Department for Science, Innovation and Technology、科学・イノベーション・技術省)が公表しました。飲料水などが流れる水道管(上水道)への設置を前提としていましたが、水道管の底に堆積物が溜まる原因となり水質に重大なリスクをもたらすとしてプロジェクトを終了させています。
◆ 規制・政策
スマホのキャリア縛り、米国のケーブル事業者団体は180日を主張
NCTA(The Internet & Television Association、全米ケーブルテレビ事業者連盟)がFCC(Federal Communications Commission、連邦通信委員会)に要求しています。FCCは7月に60日を提案していましたが、これでは短いというものです。購入補助金などの利用を制限するものではなく、むしろ利用を促進しスマホをより手頃な価格で購入できるようにする。またスマホの不正取引のリスクを低減するという主張です。
全米放送事業者協会、YouTube TVなど配信事業者の法律上の分類を有料テレビ事業者へ変更するようFCCへ要請
NAB(National Association of Broadcasters)が改めて要請を出しています。背景には米国では有料となる地上波などの再送信において配信事業者と直接交渉したいという思惑があるようです。ただ、FCCの委員長は「議会による決議なしで、FCCに変更する権限はない」と主張しています。
配信サービスの視聴で使用されるデバイスはプライバシーの悪夢?
米国の非営利団体CDD(Center for Digital Democracy)、デジタル民主主義センターと訳せばいいのでしょうか、この組織がFTC(Federal Trade Commission、連邦取引委員会)やFCCなどに提出した48ページにおよぶ報告書「How TV Watches Us: Commercial Surveillance in the Streaming Era」(TVが私たちを監視する方法:ストリーミング時代の商業的な監視)に書かれています。スマートテレビやスティック型のデバイスなどはターゲット広告を機能させるために、健康や人種、政治的関心などさまざまな情報を収集しており、これらに対して独占禁止法、消費者保護、プライバシーの観点などから調査するよう要請しています。
記事の主旨からは外れますが、米国でのターゲット広告の最新動向が書かれています。生成AIを使用して、まさに個人ごと、視聴ごとに専用のCMを生成したり、ドラマの中に宣伝したいブランドの製品映像を埋め込んだりといったものです。俳優の服装を変えたり、地域ごとのプロモーションを埋め込んだりもできるようです。
◆ 業界動向
ケーブル事業者の固定ネット加入者、2026年には増加に転じると予測
調査会社MoffettNathansonによるものです。2026年までは政府によるブロードバンド支援プログラム「ACP」の終了やFWAの攻勢などにより、2024年には128万9000世帯、2025年には25万2000世帯の減少になると予測。ただACP終了の余波は徐々に消え、またFWAへの流出ペースは若干弱まると予測しており、2026年は11万6000世帯、2027年には35万3000世帯の増加に転じるとしています。少し先になりますが2028年の事業者ごとの増加数も予測しています。これによるとトップはCharterで24万世帯の増加、続いてComcast 9万、Altice USA 1万8000、Cable One 9000となっています。Charterの増加数が突出しているのは、積極的な地方展開が寄与すると分析しているためです。
MultiChoiceがComcastと提携しアフリカ全土に向けた配信サービスを展開
新たな配信サービスを構築するのではなく、MultiChoiceが2015年に立ち上げたShowmaxの改良版となります。Comcast NBCUniversalが構築したPeacockの配信基盤・技術がベースになっており、MultiChoiceが70%、NBCUniversalが30%を保有します。配信するコンテンツはMultiChoiceがアフリカで制作したもの、NBCUniversalやSky(Comcastグループ)の国際素材、HBO、ワーナー(Max)、ソニー、さらに英国のプレミアリーグ(サッカー)のライブ中継などを計画しています。Comcastから見るとPeacockのグローバル展開の一環といえます。競合となるNetflixとAmazon Primeは2016年から、Disney+は2022年からアフリカに進出しています。調査会社Research and Marketsによるとアフリカにおける配信サービスは2021年末の利用者489万人、収益6億2300万ドルから2027年には1370万人、20億ドルに増加すると予測しています。
Vodafone、GoogleとAI分野などで10年10億ドルの戦略的提携を発表
GoogleのGeminiモデルによる生成AIを搭載したデバイスをヨーロッパ、アフリカのVodafoneの数百万におよぶ顧客に提供していく計画です。このほかVodafone TVではGoogleの生成AIを使用してコンテンツ検索やレコメンドを強化したり、Google Ad Managerを用いた広告展開を検討しています。また、2025年までにエリアは限定されるもののGoogle One AI Premium(サブスクモデル)をVodafoneが提供するということです。
◆ 新技術
AI PCの次はAI Wi-Fi? Qualcommが対応チップセットを発売
Wi-FiアクセスポイントにAIアプリケーションを搭載できるチップセット「Networking Pro A7 Elite」です。Qualcommが提供するソフトウェアなどを使用して独自のAI機能を搭載できます。たとえばシンプルなカメラとこのチップセットを搭載したWi-Fi AP(アクセスポイント)で、AP側で顔認識や音声検知などを行うといった用途です。APがエッジAIプラットフォームとして動作するものです。
Meta、映像の生成AI「Movie Gen」を公開
文章による指示で静止画、動画、音声を生成したり、映像を入力して、文章による指示により変更を加えた別の映像を生成したりできるようです。例えば自分の写真をベースにした仮想の映像を作るといったことです。リンク先の記事では実際に生成された泳ぐカバや服を着たペンギンなどが再生できます。
◆ メディア
米国ではアメフトが加入者獲得数を77%増加させる!?
Ampere Analysisの調査レポートによると、NFL(National Football League、アメリカンフットボールリーグ)を配信する事業者の顧客獲得数が、オフシーズンは1日あたり平均2万9000件だったのに対し、オンシーズンは77%増の5万1000件だったというものです。2020年から調査した結果です。過去最多の獲得になったのは2023年のスーパーボウルで、41万件の新規加入を獲得したということです。
米国のAmazon Prime VideoにAppleTV+が登場
開始時期は明らかにしていませんが月額9.99ドルで利用できるようになります。映画、ドラマのほか、メジャーリーグ(野球)などのスポーツ中継も視聴できるということです。
カリフォルニア州での映画などの制作が急減
カリフォルニア州で映画などの制作を支援する非営利団体FilmLAが発表しています。3年間の状況を分析したところ2023年に19.7%減少したということです。要因として人件費の高騰やストライキ、他地域への流出を挙げています。過去3年間で見るとニューヨーク州やジョージア州、カナダのオンタリオ州、英国がさまざまな支援策により制作本数を増やしており、FilmLAはカリフォルニア州での支援策の強化を呼びかけています。
◆ その他
LANcity、Broadcom、3Com、GI/MotorolaがDOCSISでエミー賞を受賞
ケーブルシステムにおいて高性能通信を可能にする先駆的な技術として、技術・工学エミー賞(Technology and Engineering Emmy)を受賞しました。DOCSIS 1.0から脈々と続くDOCSIS技術を対象としたものですが、Broadcom以外の会社はすでにありません。LANcityはBay Networksに、3ComはHPに買収され、GIとMotorolaのDOCSIS部門はGoogleに売却され、その後、Arris、CommScopeへと移り、現在はVantivaの一部となっています。
Comcast、23万人以上の顧客情報が流出
Comcast Cableが以前、業務の一部で使用していたFinancial Business and Consumer Solutions社のシステムに不正アクセスがあり、23万7703人の個人情報が流出しています。氏名、住所、社会保障番号、生年月日、Comcastのアカウント番号などです。
監修者・執筆者:J:COM あしたへつなぐ研究所
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