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”動く樹木”の人生観 〜先駆樹種たちの猛攻〜

小学生のころ、近所にやたらと草ボーボーな公園がありました。そこのブッシュの茂り具合は凄まじく、グラウンドの大半は高さ1mほどのイネ科の雑草に覆われていました。その公園の何がヤバいって、雑草に混じって樹も育っていたところ。グラウンドも、いずれは森に還るんだなあ…と、子供心に植生遷移の偉大さを感じていたのです。

遊び場の草原


僕は野生児だったので、草ボーボーの公園で遊ぶのが好きでした。友達と草原の中をチャリンコで疾走したり、若木を伐って秘密基地を作ったり…。そのライフスタイル、二十世紀少年のケンジの如し。
しかし、そんな生活も長くは続きませんでした。ボウリング場が建設されたわけではありません。
公園の管理者(おそらく市か町内会)が、グラウンドに生えていた草や樹を一掃してしまったのです。

まあ、これは当然っちゃ当然。平凡な住宅街の中に、樹海に変わりゆく公園があるなんてのは普通に考えると異常事態。あの一区画だけ、ゴッサムシティさながらの世紀末感が漂っていたのです。行政としても見過ごせません。

ただ、当時10歳そこそこだった僕たちにそんな事情は呑み込めず、ただただ遊び場を失った悲しみに打ちのめされていました。

結局、その後あの公園に行くことはなくなり(チャリで行っても20分ぐらいかかる場所だった)、我らの草ボーボー公園は”思い出の場所”として記憶の中に留まることになりました。

伐っても伐っても


あれから経つこと10年。久しぶりに例の公園に行ってみると、驚きました。
樹海が復活しているではないか。てか、なんなら子供の時よりも藪が深く、広くなっている…。特に、若木の本数が明らかに増えています。「草ボーボー」ではなく「樹ボーボー」という表現のほうが似合う状況になっていたのです。

10年という年月が経てば、遷移の段階は1つ先へ進んでしまうのです。

例の園地で繁茂していた、クサギ。多数の若木が密生していた。

本格的に森に還りつつある園地を見て、驚くのと同時に、こんな疑問が浮かんできました。
「ここ、一度綺麗に草木を刈ったんだよね…。どうして若木の群生が復活しているんだろう。10年のあいだに、何が起こったんだ?」
この疑問を解くため、園地に生育していた若木の生き様を観察してみました。

先駆樹種の役割


園地の”森”の優占種は、トウダイグサ科のアカメガシワ(Mallotus japonicus)、クマツヅラ科のクサギ(Clerodendrum trichotomum)の2種。クサギが適度に湿った岩場を好む樹種なので、心なしか斜面下部の石垣寄りに多い印象。一方アカメガシワはどこにでも住んじゃう大雑把なヤツですから、広範囲に散らばっていらっしゃる。

……樹種ごとの棲み分けが行われているあたりが、ガチの森っぽくてなんか不気味(笑)。
この御二方には、ある共通点があります。それは、「先駆樹種」である、ということ。

トウダイグサ科アカメガシワ属のアカメガシワ(赤芽柏)。
西日本の暖温帯でごく普通にみられる樹種。新芽が赤みを帯びるのが特徴。
クマツヅラ科クサギ属のクサギ(臭木)。葉を揉むととんでもない悪臭が漂うのが名前の由来。

先駆樹種というのは、裸地(木本植物が殆ど生えていない、痩せた土地)に真っ先に侵入し、群落をつくる樹のこと。

多くの先駆樹種は、痩せ地でも問題なく育つタフさを備えているため、過酷な栄養条件の土地でも平気で森を作ることができます。そして、たくさんの葉を落として土壌をつくり、次の遷移段階を彩る”陰樹”に土地を明け渡す…。
彼らは、生態系において「森の基礎を作る」という非常に重要な役割を担っているのです。

放棄された駐車場跡地に侵入したアカマツ。森のでき始め。青森市にて。

綺麗に整地され、茶色い土が剥き出し。他の木本植物はいっさい生えていない。樹木からしたら、”公園”と”自然に発生した裸地”に大した違いはありません。先駆樹種たちが「これ、俺らの出番じゃね?」と勘違いし、来襲してしまうのも無理はないのです。
園地で大群落をつくっていたアカメガシワやクサギも、きっとそういう経緯で公園に身を落ち着けたのでしょう。
どれだけ人工的な空間も、いずれは森に取り込まれてしまう。極相が”森林”である日本では、これが自然の掟なのです。

コンクリの隙間から芽生え、そのまま高木に成長してしまったアカメガシワ。
土壌が全く無い場所でも、ここまでの大きさに育つことができるのである。
コンクリだって、樹にとってみたらただの「痩せ地」。

先駆樹種の本体


さて、アカメガシワやクサギが、公園で大群をつくっている理由はわかりました。では、なぜ彼らは驚異の復活劇を遂げたのか?
この謎を解く鍵は、彼らの本体は樹体(地上茎)ではなく”根系”である、という点にあります。

河川敷に生育していたアカメガシワ。
何本もの若木が群生しているように見えるが、実はこれ全部で1本。

先駆樹種の一番の弱点は、「日陰では育つことができない」というもの。

彼らは「他の樹種が全く進出できない痩せ地で、日光を独り占めして成長しよう〜」という戦略をとっているので、そもそも日陰での生活は想定に入っていません。栄養は別にいらん。でも日光だけはいっぱい欲しい。いわゆる「陽樹」と呼ばれるタイプの樹種です。
それゆえ、彼らは何らかの原因で樹体が日陰に被ってしまったら、その時点で枯れてしまうのです。

アカマツは、代表的な先駆樹種のひとつ。
岩場などの厳しい環境に進出し、陽光を浴びながら森をつくる。
あえて痩せ地に進出し、周りに競争相手が居ない環境下で豊富な日照を享受する、という戦略。

しかし、森では数多くの樹木たちが共同生活を送っています。
自身の樹体の隣で別の樹が成長して、日照が奪われてしまった…なんてのは、割とよくあるトラブル。先駆樹種たちは、このリスクを常に背負って生きているのです。
アカメガシワやクサギは、この問題を解決する画期的な方法を編み出しました。それが、「根系の利用」なのです。

クサギの花。葉っぱとはうって変わって、バニラのような甘い香りがする。

根系を本体とする樹種は、臨機応変な生き方ができます。

万が一、今育っている樹体が日陰に被り、枯死してしまっても問題なし。広い範囲に伸ばした根系のどこかから、出直しで発芽すればよいのです。
アカメガシワの場合は、5m四方にわたって根系を伸ばすことがあります。それだけ範囲が広ければ、どこかに日照良好な場所があるはず……そこを拠点にして個体を運営していけばいいよね。彼がとっているのは、こんな感じの戦略。

アカメガシワの移動は、このようにして行われる…。

根系を本体とする先駆樹種にとって、地上部の樹体というのは養分をつくるための”末端組織”にすぎません。それゆえ、アカメガシワやクサギの枝や幹は、かなり軟弱な構造です。かなり太い幹でも、手でボキッと折ることができます。子供の頃、この性質を利用して、よくアカメガシワの枝で秘密基地を作っていました。

彼らにしてみれば、幹なんてただの消耗品。どうせ日陰に被れば、捨ててしまう。そんなモノに大量の養分を費やすなんて、割に合わないのでしょう。

日陰で取り囲まれてしまったアカメガシワ。
近いうちに、この樹体の一群は枯れてしまうものと思われるが、地下茎は生き続ける。
この樹体群が枯れたあと、地下茎の別の箇所から、新しい樹体が発芽するのである。

例の公園の地下には、アカメガシワやクサギの根系が張り巡らされていたのでしょう。地上部の樹体をいくら刈り取っても、地下の本体にはまったく手を出せていないのですから、復活が繰り返されてしまうのも当然なのです。

光を求めるネットワーク


アカメガシワやクサギは、非常に”動物的な”樹木だと思います。
地上からの見かけ上、彼らは「移動能力」を備えていることになります。

「いつか、日が当たる場所に辿り着くはず…」という期待を胸に、複雑な根系ネットワークを広い範囲に張り巡らせる。そして、そのネットワークを伝って樹体を丸ごと移動させ、常に良好な日照条件を享受できるようにする…。
人間の交通網のような、システマティックなネットワークを目の当たりにすると、「これは、本当に植物がやったことなのか…?」と疑ってしまいます。日光への執念深さが半端ないな…。

路端で成立していた、クサギの群落。樹木ばなれしたネットワークが生み出した光景。

自分の人生になくてはならない物を勝ち取るために、できることは全部やる。雑草のような扱いを受けがちな先駆樹種ですが、彼らが持つスピリッツには、学ぶべきことが多いのです。


<参考文献>
・岡山理科大学植物生態研究室(n.d.)”植物雑学事典「アカメガシワ」”http://www1.ous.ac.jp/garden/hada/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/choripetalae/euphorbiaceae/akamegasiwa/akamegasiwa.htm
・栖原 纏(2015)”神々と植物”
・・岡山理科大学植物生態研究室(n.d.)”植物雑学事典「アカメガシワ」”http://www1.ous.ac.jp/garden/hada/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/sympetalae/verbenaceae/kusagi/kusagi5.htm


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