トロピカル樹種旅行記~関西で一番、熱帯に近い場所~
「お前が留学に行く前に、みんなで沖縄旅行に行こうぜ」という誘いが高校時代の友達から来たのは、今年3月のこと。めっちゃいいやん。ワクワクした気持ちが昂ってきたぁ!
沖縄は、未知の亜熱帯樹種の宝庫です。街路樹にはトックリヤシやホウオウボク、海沿いにはアダンやマングローブ、サキシマスオウの板根なんかも良いなあ。もちろんその旅行は、植物にさほど興味がない友達と行くので、長い時間を樹木に捧げることはできませんが、それでも寄り道先や、宿の周辺とかでちょこっと樹木観察をすることはできるはず。
当時は春になってもなお雪深い青森に住んでいたので、暖かい沖縄で僕を待つ亜熱帯樹種への想いは募るばかりでした。
っがしかし。
友達のスケジュールの都合がうまく付かず、結局沖縄に行く話は流れました。「旅行は近場にしようか」ということに。
最終的に選ばれた目的地は、神戸から明石大橋を渡って1時間、淡路島。友達との思い出はたくさん作れて大満足でしたが、樹木とのマッチングに関しては不本意な結果に終わりました。
宿の周りに生えていたのは、アカメガシワやスダジイ、コナラ。暖温帯樹種のオンパレードです。たった3kmの明石海峡を渡っただけでは、そないに植生は変わらへん。お前ら、神戸でいっつも会ってるじゃん。
樹木ファンの欲望は、留まることを知りません。樹木パパラッチ魂が、亜熱帯樹種に会わせろと騒いでいる。こいつを黙らせるには、何かしらの亜熱帯樹種に会いに行くしかない。しかし、一人で沖縄に行けるほど、金も暇もない…。
そんな時の救世主が、僕の地元関西にいらっしゃいます。
今回の記事は、”関西で一番熱帯に近い場所”に行った時の記録。
日高のアコウ群落
その”救世主”というのが、クワ科イチジク属の半常緑広葉樹、アコウ(Ficus superbar var japonica)。彼の分布の中心は、琉球諸島、台湾から中国南部、東南アジアにかけて。分布域は、ザ・亜熱帯樹種といった感じです。
しかし、彼は熱帯産イチジク属の中で、最も寒さに強い。分布の北限は、南九州、四国南端部(足摺、室戸)、紀伊半島にまで達します。紀伊半島なら、全然行けるじゃん!神戸在住のくせに亜熱帯樹種に会いたがる、わがまま樹木ファンの僕にとって、有難いことこの上ない。
というわけで某日、神戸から湾岸線と阪和道で約2時間、和歌山県日高町(サラブレットで有名な日高じゃないよ!)へと向かいました。
日高町は、最北端のアコウ群落がある街として樹木マニアの間では有名なのです。
高速を降りて国道を走っていると、両側の山に照葉樹林がもこもこと広がっているのが視認できました。見た感じ、山に生えているのは全員スダジイっぽい。なんか、神戸と植生あんまり変わらなくない〜?本当にこの先にアコウがいるの〜?
若干不安になりながら走ること30分。アコウ群落がある産湯(うぶゆ)集落に到着しました。
軒先の路地を歩くと、いらっしゃった、いらっしゃった(↓)。
うおおお、気根がすげええ!ちょっと、ちょっと待ってください。感動のあまり動揺してしまう。この写真に「東南アジア・バックパッカーの旅」というタイトルをつけてハガキにしても、全然問題なさそうです(笑)。この熱帯っぽさ、まさか和歌山とは誰も気付くまい。
複雑怪奇にうねり回る気根からは、狂気のようなものを感じます。気根の交錯によって編み出される光景には、不思議な魔力がある。決して居心地が良さそうな景色ではないのに、なぜか心が惹き寄せられてしまうのです。ここまであからさまに不気味な雰囲気を作りさせる樹種も、なかなか珍しい。
アコウのからだの異様な形相と対峙しているうちに、自分自身が摩訶不思議な”気根ワールド”の深淵へと吸い込まれてしまうのです。
熱帯の樹は、なぜ気根を垂らすのか?
産湯のアコウから、熱帯っぽい雰囲気が漂うのは、枝から垂れ下がる気根が原因でしょう。
気根には、地上茎から下に向かって伸びるタイプと、地下茎から上に向かって伸び、地面を突き破るタイプがあります。前者は「支柱根」と呼ばれ、アコウの気根もこれに当たります。後者の例はラクウショウが有名でしょう。
アコウに限らず、ガジュマル、ベンガルボダイジュ、インドゴムノキなどなど、熱帯産の大型イチジク属樹種は、皆ダイナミックな支柱根を出します。僕は、おしゃれなアパレルショップの片隅で、観葉植物として愛玩されているベンガルボダイジュを観察するのが好きなのですが、たま〜に見事な支柱根を披露してくれるヤツに出会います。そういうキャラが濃いヤツに出会えたときは、なんか嬉しい…
彼らが支柱根を出す理由としては、さまざまなHP・本で
①空気中の酸素・水分を吸収するため
②巨大なからだを支えるため
の2つが挙げられています。
しかし、植物生理学会のホームページによると、実際には気根に水分吸収能力はほとんどないらしく、役割の大きさとしては②のほうが圧倒的に大きいとのこと。
高温多湿な熱帯雨林では、微生物が高速で有機物(落葉や落枝)を分解し、無機物(養分)に変えてしまいます。その無機物は、密生した植物によってすぐに吸収されてしまうか、熱帯特有のスコールによって流されてしまうため、土壌中に蓄積されるのはごくわずか。よって、熱帯雨林の土壌はかなり痩せているのです。栄養分を多く含んだ土壌は、地表面からわずか数十センチまでの深さに薄く広がっているのみ。
それゆえ、熱帯産の樹種は、根をごく浅い範囲に広げざるを得ないのです。しかし、彼らは30mを越す巨木に成長する。たった数十センチの深さで根を張っていたんでは、バランスがとれん。この問題を解決するためにイチジク属樹種が採用したのが、「支柱根」なのです。
ある程度の大きさに成長したら、枝から直接根を垂らして、巨体を支えよう〜というアイデア、めっちゃ賢いなあ。
腹黒アコウ
しかし、産湯のアコウに関しては、温帯の和歌山に住んでいるため、別にがむしゃらに支柱根を伸ばさなくても良いはず。
なのにもかかわらず、割と本格的に支柱根を伸ばし、トロピカルの雰囲気を全身全霊で演出してくれるなんて。沖縄に行きそびれた僕にとって、これ以上ないぐらいの慰めです。ありがとう、アコウ…
と、普通ならこんな感じで樹とのお別れを迎えるのですが、今回は違った。
これをお話しせずにはいられない。日高町の隣町、美浜町のアコウ群落に行くと、アコウの恐ろしい一面が垣間見えてしまったのです。
前述の通り、支柱根の第一機能は、「巨大な植物体を支えること」。産湯集落のアコウたちは、この機能を最大限活用し、快適な支柱根ライフを謳歌しています。
しかし、支柱根は、使い方によってはとんでもない凶器に変貌するのです。残念なことに、一部のアコウは支柱根を悪用し、暴力行為を働いているのが実情。では、悪質な支柱根ユーザーは、いかにして非行に走るのか。
美浜町龍王神社社叢のアコウ群落に行けば、暴虐の限りをつくした腹黒アコウに会うことができます。
アコウは、悪名高き「しめ殺し植物」のひとつ。
しめ殺し植物とは、支柱根を使って既存の高木に絡みつき、やがて枯らしてしまう、シリアルキラーのこと。
具体的には、以下の図のような方法で樹を殺していきます。
こんなん、被害者の樹木からしたら、たまったもんじゃありません。自分の枝からアコウの幼木が発芽したら、もう人生終了。じわじわと殺されてゆく未来しか残っていないのです。先程の、巻きつき支柱根のアコウも、きっとずっと前に誰かを殺めてしまったのでしょう。
無差別にターゲットを選び、じわじわと殺害→被害者の死体はいっさい残らない、というサイコパスさは、吉良吉影を連想させます。(ジョジョ読んだことがない人、すいません…)
龍王神社の本殿前広場には、ビャクシンの大木をしめ殺したサイコパスアコウがいらっしゃるとのこと。恐る恐る行ってみると、ヤツはいた。
近づいてみると、アグレッシブな支柱根が暴走中。思ってた以上に容赦無いな。(↓)
最後にシリアルキラーとご対面という、なかなかエグい終わりになってしまいましたが、これにてトロピカル樹種探訪in和歌山は終了。
黒潮海流が沖を流れる和歌山県沿岸部には、アコウの他にも、オオイタビ、木生シダ、リュウビンタイ、オオタニワタリなど、本州ではなかなか見られない南方系植物が多数生育するとのこと。今度は、もっと南、潮岬あたりまで足を伸ばして、亜熱帯型の植生と戯れてみたいなあ〜と思います。
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