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草木と生きた日本人

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執筆者:玉川可奈子/和歌(やまとうた)を嗜む歌人(うたびと)・作家 (画像:大宇陀 又兵衛桜)/月一連載
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#大伴家持

草木と生きた日本人 撫子

一、序  おきて見んと 思ひしほどに 枯れにけり 露よりけなる 朝顔の花  (朝起きて見てみようと思つたところが、枯れてしまつたよ。露よりもはかなき朝顔の花よ)  『曾丹集』、または『新古今和歌集』の歌です。曾丹は、曾禰好忠のことです。丹後掾を長く務めたことから、さう呼ばれました。少し変はつた人でありつつも清新な歌を作りました。  ゆらのとを 渡る舟人 かぢを絶え 行へも知らぬ 恋の道かな この『百人一首』の歌はよく知られてゐませう。これも優れた歌ですね。  甲

草木と生きた日本人 朝顔

一、序  さ百合花 後も会はむと 思へこそ 今のまさかも うるはしみすれ (『万葉集』巻十六・四〇八八)  (小百合の花のやうに、後に会はうと思ふからこ、今のこの瞬間を楽しみたいと思ひます)  大伴家持の歌です。前回、家持そしてその叔母である坂上郎女の歌を紹介し、古へ人が百合の花をどう見てゐたのかを記しました。  私も、真岡鐵道のSLもおか号の車窓から、真岡や茂木の野に咲ける姫百合の花の美しさをたびたび見て、古へ人のことを思ひ起こしました。  梅雨も明けて、八月とな

草木と生きた日本人 百合

一、序  たまに貫く あふちを家に 植ゑたらば 山ほととぎす 離 れず来むかも (『万葉集』巻十七・三九一〇)  (ほととぎすがたまとして緒に通すせんだんの花を家に植ゑたのならば、山ほととぎすが絶えず来るでせうか)  大伴家持の弟である書持の歌です。  前回、栴檀の花、つまりあふちの花について紹介しました。その白く美しい花を、この季節に見た方もをられるのではないでせうか。私も、多摩の某所で栴檀の花を眺め、いにしへ人の感性や歌を思ひ起こしました。  いよいよ暑くなり、夏を

草木と生きた日本人 栴檀

一、序  山吹の 花の盛りに かくの如 君を見まくは ちとせにもがも (『万葉集』巻二十・四三〇四)  (山吹の花の盛りに、このやうにわが君を仰ぎ見ることができるのが千年も続いたらナア)  大伴家持の歌です。君とは、橘諸兄のことです。  前回、山吹の花についてお話ししました。ゴールデンウィークの旅行で、各地の山々に咲ける山吹の花を見た方もをられませう。  私も、四月の終はり頃、岐阜県に出かけました。長良川鉄道越美南線の白山長滝駅の近く、長瀧白山神社(岐阜県)の境内で、