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【ホラー小説】eaters 第16話

◆あらすじと各話は、こちらから

 今日は終業式。
 教室の中は、珍しく朝から静かだ。
 明日から夏休みに入るというのに、うかれる生徒は一人もいなかった。
 
 唯一の空席。
 みんなの視線は、自然とそこへ集まっていた。
 
 入学して以来、一度も休んだことのない真由子。
 それが突然、一昨日から学校に来なくなった。
 
「どうしちゃったんだろう?」
「まさか、斉藤まで……」
「生きてる……よね?」
「始業式の日に、机に花が置かれてるってことは……ないよな」
 
 ボソリ、ボソリと、教室のあちこちで、ささやく声が聞こえた。
 真由子の友達は心配そうな顔で黙っていたが、不謹慎な声に睨んでいる。
 
「いいか、みんな。よく聞いてくれ」
 
 担任教師の声が教室に響いた。
 夏休みでハメを外したり、SNSなどで知り合った人と不用意に会ったりしない、などと注意喚起をしている。
 
 まだ事件性があるとは限らないが、二人の女子中学生が行方不明で消息も掴めていない。
 二年生の女子生徒は素行も悪く、単なる家出とも思われているが、真由子は別だ。
 成績優秀で、教師の目にも汚点は一つもない。
 
 かといって生徒達の不安をあおるわけにもいかず、担任教師は当たり前のことだけを口にした。
 
 
 終業式が終わり、校舎を出ようとした瀬奈に、海斗が声を掛けてきた。
 
「斉藤、どうしたんだろうな」
「心配だよね」
 
 顔を曇らせる海斗に、瀬奈も合わせた。
 
「あのさ、沼澤は夏休み、何してんの?」
「何の予定もないよ」
 
 瀬奈は笑顔で答えた。
 
「そっか。だったら、俺とプールに行こうよ」
 
 海斗が誘ったのは、町民プールだ。
 
 途端に瀬奈の顔から、笑みが消えた。
 プールでなければ、素直に誘いを受けただろう。
 いくら小さな町とはいえ、町民プールは小学生から大人まで賑わっているはずだ。
 
 あれから瀬奈は、水泳の授業に出ていなかった。
 一緒に見学していたのは陽向だ。
 陽向はプールが怖くて、入れないらしい。
 
 瀬奈も、あの時の衝動を抑えられる自信がなかった。
 水泳部の部活が終わったあと、たまに一人でこっそりとプールに入っていたくらいだ。
 
「どうして……プールなの?」
「え? マズかった?」
「ううん、そうじゃ……なくて」
 
 戸惑う瀬奈に、海斗は理由を探すように視線の先を宙に泳がせている。
 
「沼澤の泳ぎがスゲーからさ、競争してみたいなって」
「私と競争?」
「うん。沼澤さ、泳ぎが得意だろ? 俺、夏休みも部活で忙しいけど、休みもあるし。どう?」
 
 行き先がどこだろうと、海斗からの誘いは断りたくない。
 かといって、すぐに二つ返事できない不安が渦巻いている。
 
「お母さんに訊いてみる」
 
 瀬奈は、とりあえず時間稼ぎをしようとした。
 その間に、プールに入っても衝動を抑えられる方法を考えればいい。
 
「よしっ! じゃ、連絡先を交換しよう」
 
 二人はスマホで互いの連絡先を登録した。
 
「じゃ、休みの日が分かったら連絡するよ」
 
 海斗は手を振って、プールのほうへ急いでいった。
 終業式でも部活があるようだ。
 
 瀬奈は、見えなくなるまで海斗の背中を見つめていた。
 
        ◆
 
 夏休みに入って三日目。
 
 キッチンで、小百合は二人分の昼食を準備していた。
 良一は仕事でいない。
 リビングのソファーでは、瀬奈がスマホを気にしつつテレビを見ながら、昼食を待っている。
 
 小百合は自分の分を先に用意すると、大きな皿に生魚を一匹、そのまま載せた。
 
「瀬奈、ご飯できたよ」
「はーい」
 
 待っていたとばかりに、瀬奈が食卓に座った。
 
 小百合も席に着こうとしたその時、テレビからニュース速報が流れてきた。
 見ると、見慣れた風景が画面に映し出されている。
 この町の神社だ。
 
 今朝早く、神社の裏で二人の女子中学生の遺体が発見されたらしい。
 
 発見したのは、町内会の老人達。
 神社にやって来たのは、月に一度の掃除をするためだった。
 騒がしいカラスの鳴き声に、老人達が社の裏に向かったところ、そこで二人の遺体を発見した。
 
 カラスが群がっていたせいか、遺体には食い荒らされた形跡があったほか、一人は白骨化していた。
 二人とも同じ中学の制服を着ていて、この中学では二人の女子生徒が行方不明になっていたという。
 所持品からも遺体の二人は、行方不明だった女子中学生だと見られている。
 
 テレビで、そう報じられた。
 
 小百合は止めていた手を口に当てたまま、画面から目を逸らせなかった。
 瀬奈と同じ中学。
 しかも、その生徒の一人の名前には、覚えがあった。
 
 瀬奈の友達の……斉藤真由子だ。
 
 小百合はゆっくりと、瀬奈に目を向けた。
 瀬奈にもテレビの声は聞こえていたはずだ。
 それなのに、気にも留めず黒い瞳で生魚を頬張っている。
 
 小百合は言い知れない胸騒ぎに襲われた。
 
「瀬奈、今の……同じ中学の子だよね?」
 
 魚を食べ終え、瞳の色が戻っていく。
 皿には骨すら残っていない。
 
「うん。そうみたい」
 
 瀬奈は、平然とそう言ってのけた。
 小百合に見向きもせず、今度はゆで卵に手を伸ばしている。
 
 そんな瀬奈の様子に、小百合は胸騒ぎの音が大きくなっていくのを感じていた。
 
「斉藤真由子ちゃん……って、友達になってくれた子でしょ?」
 
 学校で、初めて瀬奈に声を掛けてくれた子だ。
 そのあとも瀬奈は、よく真由子の話をしていた。
 
「友達……だと思ってたけど、違ったみたい」
 
 苦笑いしながら、瀬奈は二つ目のゆで卵を口にした。
 
「瀬奈、学校で……何かあったの?」
「何もないよ」
 
「そんなはずないでしょ。最近、学校の話もしてくれないし……。ちゃんとお母さんに話して! でないと……」
「本当に何もないから、心配しないで。ごちそうさま」
 
 瀬奈は立ち上がって「散歩に行ってくるね」と、玄関に向かった。
 
「瀬奈、ちょっと待って!」
 
 小百合が止めるのもきかず、瀬奈は外に出た。
 
 
 瀬奈は、あてもなく外を歩いていた。
 散歩に来たかったわけではないが、あのまま家にいたくなかった。
 
 気分転換で歩いていたつもりが、足は勝手に神社のほうへ向かっていた。
 まだ遠いはずの神社から、騒がしい様子が聞こえてくる。
 
 少しずつ見えてきたのは、片道一車線の車道に停まっている何台もの車だった。
 数台のパトカーのほかに、テレビ局の中継車もある。
 
 神社の近くにやって来ると、社の横にブルーシートが掛けられているのが見えた。
 辺りは警察官や報道関係者、野次馬などで人があふれている。
 
「泣き崩れていたの、真由子ちゃんのお母さんでしょ?」
「かわいそうに。さすがに見ていられなかったわ」
「真由子ちゃん、あんなにいい子だったのに」
「どうして真由子ちゃんが……」
 
 近所の人達の話し声が聞こえてきた。
 その声は、真由子のことばかりだった。
 
 みんな、真由子の本性を知らない。
 それに、まだあと二、三日はオヤツ・・・にありつけたのに……。
 
 目の前にある人だかりと、奥のブルーシートを睨みながら、瀬奈は鳥居の前を通り過ぎた。

 安全だったはずの聖域が、土足で踏み荒らされた気分だった。

[続く]

◆第17話は、こちらから


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