【ホラー小説】eaters 第13話
◆あらすじと各話は、こちらから
数日経った頃、学校では二年生の女子生徒が行方不明という噂が流れ始めた。
「どうせ家出か何かでしょ」
真由子の友達が言った。
瀬奈の周りでは、誰一人として心配する者はいない。
その上級生は以前から、素行が悪いので有名だった。
学校の外でも、よく他校の不良生徒達と一緒にいるのを目撃されていた。
真由子と取り巻きの友達が、噂話に花を咲かせている。
それを瀬奈は黙って聞いていた。
四時限目が終わり、瀬奈は昼食の前にトイレに向かった。
戻ってくると、なぜか教室の中が騒がしい。
騒ぎの中心に目をやった瀬奈は、言葉を失った。
机の上に置かれていたのは、瀬奈の弁当だった。
フタが開いている。
二段とも中身が丸見えだ。
ご飯も野菜もない。
あるのは肉と魚、玉子焼き。
肉も味付けされた料理ではなく、ただ焼かれただけだ。
「沼澤さんって、いつもこんなのばっか食べてたんだ」
「炭水化物は食べない主義なの?」
「これって、完全な肉食だよね」
「それにこの量、多くない? 男子みたい」
真由子の友達が、からかうように言った。
周りからも好奇の目が向けられている。
視線を泳がせた瀬奈は、窓際の席に座る海斗と目が合った。
自分の心臓の音が速く、強くなっていくのが分かる。
瀬奈は肩で息をしながら目を逸らし、顔をうつむかせた。
と、その時、海斗が席を立った。
さすがに見ていられなかったようだ。
「やめなよ! かわいそうでしょ!」
突然、真由子が言った。
真由子が止めてくれたおかげで、海斗は安心して上げた腰を椅子に戻した。
瀬奈の弁当を勝手に開けたのは、真由子の友達だ。
だが、こうするよう仕向けていたのは、真由子だった。
立ち上がった海斗に、真由子はわざとらしく止めてみせた。
真由子は開いたフタを戻して、弁当を入れた袋を瀬奈に手渡した。
「ごめんね。みんな、悪気があったわけじゃないから」
友達の代わりに、真由子が謝った。
瀬奈は袋を受け取りながら、顔を上げた。
申し訳なさそうに、真由子が微笑んでいる。
その目に見えたのは、見下したような、あざけりの色だった。
いたたまれなくなった瀬奈は、弁当を持って教室を飛び出した。
校庭で昼食をとったあと、瀬奈は放課後まで保健室にこもっていた。
生徒達が下校し、それぞれ部活も終わった頃、瀬奈は保健室を出た。
誰もいない教室に戻り、帰り支度をする。
校舎から出ると、足を止めて向かう先を変えた。
やって来たのは、プールだ。
水泳部もすでに終わったようで、誰もいない。
水着に着替えて、水泳帽もかぶらずにプールの前に立った。
授業と違って無人だと、やけに広く見える。
飛び込んでプールの底をゆらりと泳いでいると、気持ちが落ち着いてきた。
水の中は、いやなことも忘れさせてくれる。
プールの底に沈んだまま、瀬奈は目を閉じた。
しばらくして、水に飛び込む音と振動が伝わってきた。
とっさに目を開けると、こちらに誰かが近付いてくる。
その顔は、海斗だった。
海斗は、驚いて動けずにいた瀬奈の肩を抱いて、上のほうへ泳いでいく。
「沼澤、大丈夫か?」
水面から出した心配そうな顔で、海斗がのぞきこんできた。
「……浜田君。どうして?」
「誰かが溺れてると思ったから」
海斗は大会を控えていた。
部活が終わったあとも、一人で練習しようとここに戻ってきた時、プールの底に人影が見えた。
てっきり誰かが溺れているのかと、急いで飛び込んだが、まさか瀬奈だとは思いもしなかった。
「沼澤、溺れてたんじゃないのか?」
「……ううん。違うの」
「そっか。なら、いいけど」
二人は水面から顔を出したままだ。
海斗の腕が、まだ瀬奈の肩を支えている。
すぐそばにある顔と、たくましい身体。
冷たい水の中で、温もりが伝わってくる。
瀬奈は海斗を突き放すと、急いでプールから上がった。
「沼澤!」
帰ろうとする瀬奈を海斗が呼び止めた。
プールから上がった足音が近付いてくる。
瀬奈は立ち止まったまま、振り向くことができなかった。
「弁当のことは、気にすんなよ」
瀬奈の握り締めた手が震えている。
海斗に弁当の中身を知られてしまった。
一番知られたくなかった海斗に……。
さっきまでの恥ずかしさが、別の思いに塗り替えられていく。
「何か、理由があるんだろ?」
海斗の優しい気遣いに、瀬奈はゆっくりと振り返った。
「……新しい薬の……副作用で筋肉が落ちるから、肉をいっぱい食べなさいって……」
瀬奈は、頭の中で必死に考え抜いた理由を口にした。
嘘を付いたせいか、目も合わせられない。
すると、そばにやって来た海斗の大きな手が、ポンと瀬奈の頭に乗った。
「だからか、こんなに背が伸びたの」
変わったのは身長だけではない。
以前の瀬奈はガリガリに痩せていたが、今では肉付きも少しよくなっている。
海斗の視線の先が、自然と瀬奈の胸元に向く。
前の水泳の授業の時よりも、膨らみが大きくなっていた。
「……私、帰るね」
海斗にも聞こえてしまいそうなほど、鳴りやまない心臓の音。
瀬奈は慌てるように駆け出していった。
背後から「また明日な」と海斗の声がした。
更衣室で着替えた瀬奈は、スマホを取り出した。
何度も着信が入っている。
どれも母からだった。
◆
「瀬奈、どうして電話に出なかったの!」
小百合は、帰宅したばかりの瀬奈を責めた。
「……ごめんなさい」
「ごめんなさい、じゃ分かんないでしょ? どこで何をしてたの?」
小百合は帰りの遅い瀬奈を心配して、電話をしていた。
何度かけても、まったく出る気配がない。
折り返しの電話もかかってこない。
不安な思いで、いてもたってもいられずにいると、そこへ瀬奈が帰ってきた。
「学校のプールで……泳いでた」
一人で泳ぎたくて、水泳部の部活が終わるのを待っていたと瀬奈が言った。
確かに、瀬奈の髪はうっすらと濡れている。
「だからって、こんな時間まで……! それに一人って、何かあったらどうするの!」
「……ごめんなさい」
不安を通り越して怒りを抑えられない小百合に、瀬奈はただ謝るだけだった。
「瀬奈、お母さんと約束して」
明日から、学校が終わるたびに必ず連絡を入れる。
これからまっすぐ帰るのか、どこかに寄るのか。
小百合は瀬奈に、そう約束させた。
娘の居場所が分かっていないと、何かあった時に対処のしようがない。
……対処?
何の……対処を?
小百合は言い知れない不安に襲われていた。
「……お腹は? 空いてない?」
「うん、今日も……食べてきた」
「……そう」
小百合は、部屋に向かうシュンとした背中を見つめた。
◆
食事の時以外、ずっと部屋にこもったままの瀬奈。
学校であったことも、まったく話してくれない。
つい先日まで、立て続けに瀬奈は学校から帰ってきても腹を空かせていなかった。
瀬奈から届くメッセージは、毎日が[コンビニに寄って食べてから帰る]だった。
それがここにきて、ようやく学校からまっすぐ帰ってくるようになった。
腹も空かせている。
安心すると同時に、それまでの間、本当にコンビニで買い食いしていたのかが不安でしかたがなかった。
小百合は水槽に目をやった。
あんなに賑やかだった水槽も、今ではたった二匹の金魚が泳いでいるだけだ。
[続く]
◆第14話は、こちらから