ホラー小説「失せ物」【試し読み】
昨日の深夜、確かに私は死体をそこへ埋めた。
家に辿り着いてから、死体と一緒に埋めるつもりだったスーツケースの存在に気付き、一夜明けたこの日の深夜、再び山深くの死体を埋めた場所へやって来ると、妙な違和感を覚えた。
死体が埋まる場所の目印となっていた巨木の前は、まるで長い間、まったくの手付かずだったように、そこには薄っすらと丈の短い雑草が生えていた。
場所を間違えたのか?
いや、それはない。
昨日も車を停めた場所から真っ直ぐ進み、今目の前にあるこの巨木の前に辿り着いたのだから、間違えるはずもない。
たった一日で、穴を掘って埋めた場所からこんなにも草が生えるものなのだろうかと不思議に思いながらも、得体の知れない何かに焦るように私はそこを掘り返した。
どれだけの時間が経っただろうか、いくら掘り進めても死体は一向にその姿を現さない。
気付くと、私が掘り返した穴は昨日よりも明らかに深く、消えていたのは死体だけではなかった。
一緒に埋めたはずの凶器となったトロフィーも、そこから忽然と消えていた。
◆
殺すつもりはなかった。
私が殺して埋めたはずの原田は、大学からの友人で親友でもあった。
昔から原田は人気者で背も高く、そのルックスも然ることながら、大学まで水泳で鍛えていたせいもあり、その肉体美さえもが周囲の女性達を虜にしていた。
真面目だけが取り柄の私が、まるで正反対の原田とこれまで長い間、親友でいられたのは、彼に少年のような一面があったからかもしれない。
何か夢中になっているものや、懸命に取り組んでいることを話す時の原田の目はキラキラと輝きを放っていた。
かつての私も原田のように目を輝かせて何かを追い掛けていた時期もあったが、それは大人になるにつれ、どこかへ置き忘れてきたのか、今の私にとっては原田の原動力溢れる瞳が眩しくもあり、羨ましくもあった。
しかし、その一方で原田は使い捨ての人形のような扱いで、これまで泣かせてきた女性は数知れなかったが、それでも女性が彼に惹かれるのは、きっと私のように彼の中にあるキラキラと輝くものに引き寄せられるからだろう。
昨夜、居酒屋で酒を酌み交わしていた私と原田は金曜ということもあり、店の閉店後も原田の家で飲んでいた。
しがない会社の一サラリーマンの私と違い、大手の貿易会社に勤め、年に数回の海外出張をしていた原田は、その日も出張先での活躍ぶりや、そこで知り合った女性達との色恋沙汰の話をしていた。
まるで別世界のような話に原田との差を嫌という程思い知らされ、その場に居た堪れなくなった私が帰ろうと立ち上がったその時、彼の一言が私を引き留めた。
それは、私が密かに好意を寄せていた真希と原田が体の関係を持ったことだった。
真希もまた同じ大学からの友人で、共通の友人達を交えて私達は時々顔を合わせ、友人達が次々と結婚していく中、いまだ独身だったのは私と原田、そして真希だけだった。
私が女性から言われるのは決まって「佐藤さん、優しいのね」だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
異性として意識しない安全な存在が、どうやら私という人間らしい。
大学の頃から真希への想いを告げることができずに今に至っている私のように、真希もまた密かに原田へ想いを募らせていたのは知っていた。
しかし、当の原田はそんな真希の想いに気付かないどころか、移り行く蝶のように次々と女性を乗り換えていた。
正直に言うと、真希は原田のタイプではない。
原田の好みは、派手な顔立ちで後腐れの無いような性格の女性だ。
真希はどちらかというと大人しいお嬢様という印象で、私とは気兼ねせずに話せてはいたが、想いを寄せている原田と話す時は、いまだどこかぎこちない感じだった。
そのせいもあっただろうが、私が真希へ好意を寄せているのを知っていた原田は、これまで一度たりとも真希を毒牙に掛けるような真似はしなかった。
それなのに、だ。
何故、今頃になって?
原田の話によると、原田と真希が男女の関係を結んだきっかけは前回の大学時代からの友人達との飲み会で、偶然にも原田の自宅近くへ引っ越していた真希と一緒に乗ったタクシーの中のようだった。
酒の力を借りたのか突然、帰りたくないと言い出した真希を原田は仕方なく自宅へ招き、そこで二人は酒を酌み交わしたそうだ。
閉ざされた空間で、酒に酔った男女がそうなってしまうのは自然なことだろう。
しかし、私は心底不安でたまらなかった。
万が一にも、原田が本気で真希と向き合おうとするのなら何も言うことは無い。
私一人の想いが成就しないだけで、真希が幸せになるのなら潔く諦められただろう。
だが、その後も原田と真希は二度程、関係を持ったようだが案の定、その飽き癖によって原田は度々連絡を寄越してくる真希が煩わしくなると、今では真希からの連絡を無視し続けていると言った。
さすがの原田も、私には悪いことをしたと思っていると詫びたが、その顔には悪びれた様子など微塵もなかった。
私のことはどうだっていい。
しかし、真希が踏みにじられるのだけは許せない。
原田の口から真希との間に起きた出来事を聞かされている間、私はギュッと拳を固く握り締め、原田に抱いていた羨望はどす黒い妬みと嫉妬、そして怒りへと変わっていった。
◆短編集 第一弾「オメテオトルの森」
羨望と嫉妬、愛情と憎悪、陰と陽、表層と深層、遵守と違背、祈念と代償。
それらが交わる時、物語は加速する。
これは光を求め、闇に溺れた6つの物語。
※Kindle Unlimited対応、無料アプリで試し読みもできます。
◆「失せ物」(短編単品)
古くから伝わる奇妙な言い伝えと、男に降り掛かる災難の怪奇ホラー。
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◆「ウズメの木」(「失せ物」前日譚)
不思議な力を宿す巨木と、それに翻弄される村人達を描く怪奇ホラー。
※こちらは無料でお読みいただけます。
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