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野間真さんインタビュー#17 ~森下純菜さんのこと~

――森下純菜のがんばりもすごいですよね。
「すごい!」
――次のライブがソロライブ100回記念だということです(2024年9月中旬インタビュー時点)。

――私も不勉強で1回目をどこから数えているのか分からないんですが、大山さんとやり始めてなんでしょうか?(誠にすみません!偉い人、教えてください)
「そういうことなのかな? 仮に2カ月に1回のペースでも10年以上続けているということなんでしょうね。それはすごい。まだまだ行けるんでしょうね。キングカズ(三浦知良)みたいな人だな、ホントに…(笑)」
――『アイドル冬の時代』のインタビューのときも、松田聖子さんがアイドルを続けているように「ファンの方がいる限り、森下純菜のスタイルを残し続けて、やっていきたい」と語ってますね。生涯現役が目標みたいなことを言ってます。
「うーん、すごい。そのきっかけに自分がなっているのはちょっと嬉しいですね、私自身もね」
――ああ、そうですね。
「あおいちゃんも、純菜ちゃんがいるからっていうのが大きいんだろうな。あの2人は仲が良いですよ。めちゃくちゃ仲が良いと思います」
――同い年なんですよね。
「そうです、そうです。同い年です」
――森下純菜さんがアルテミスに所属した経緯ですが、『アイドル冬の時代』には、最初は名古屋のタレント養成所に通っていて、上の方に「自分でチャンスをつかまないと」とアドバイスされたのと、雑誌『デビュー』でアルテミスの記事が載っていたので応募した、と書いてありました。
「はいはい。そういうことだったのか」
――あおいさんにも、雑誌をみてかわいらしい人だなと思っていたのと、同い年だったこともあって、親近感が湧いていたとも書いてあります。
「はいはい」
――履歴書を受け取って、野間さんから東京に来なさいと声をかけたのですか?
「いちばん最初は、僕が名古屋に会いに行っていると思う」
――ああ、そうですか。
「はい。で、お姉さんと本人と3人でいろんなお話をして、1回ちょっと歌ってみてごらん、っていう話をして… たしか初めて会ったのは94年の暮れかな。それで95年の年あたまの『歌姫伝説』に出てみましょうかと言って…」
――おお。
「ひとり出してみたい子がいるんだけどって『歌姫伝説』の池野さんに話したら、もうニコニコしてどうぞどうぞって(笑)」
――ははは(笑)
「その出たステージで三浦理恵子を歌わせたら、もう歌も振りも完璧で。なんだこれは! と思って… そこからですね、始まったのは」
――完成度が高かったんですね。
「当時からすごかったなあ、なんだこれは!と思いましたよ。CoCoの振りとかも完璧にマスターしていて」
――へえ。
「すごかった。当時のCoCoファンとか三浦理恵子ファンとかはそうなのかな、熱心に…」
――養成所に通っていたことで完成度を高めていたのかもしれませんね。
「そうかもしれませんね。レッスンをしていたというのがあったのかもしれませんね。
 それで、彼女が所属して1年後ぐらいかな、菊地さんとの出会いでMOOVeレコードからデビューしたということです」
――Wikipediaでも「面接から2週間後にはクラブチッタ川崎でのアイドルライブに出演する」と書いてありますね。
「合ってます、合ってます」
――これが『歌姫伝説』なんですね。それで、96年4月に『いちごのしずく』でデビューして、そこから「フルーツシリーズ」を続けて…
「そう、それでやっていました」

――それと、グラビア活動も展開して…
「そっちもできるということで、事務所としての活動が広がったというのもありました」
――ああ、なるほど。それは野間さんが純菜さんを見て、この子はグラビアも映えるなという判断を…
「そうですね。あと、本人も比較的なんでもやりたいという感じだったから。だから、あおいちゃんもそれを見て、もう純菜ちゃん、グラビアは任せたから、って言ってました」
――ああ(笑)そうなんですか。まあ、水野あおいさんとは違うキャラクターで、子猫ちゃん風というか、ちょっと挑発するような魅力もありますよね。
「そうなんですよね。そうそう」

――それで、大山(文彦)さんの写真集とかもたくさん出してましたね。
「いっぱい出してましたね。グラビアの方に広がったことで、アルテミスの頃にはグラビア向きの女の子がけっこう所属してくれましたね。(森下純菜は)いろんな出版社で写真集を出しているんですよ」
――森下純菜さん(のプロデュース)には、そうとう大山さんが絡んでいたんでしょうか?
「はい、ものすごく絡んでいます」
――アルテミスに所属していたときも、大山さんが相談役をやっていたような感じ?
「やってました、やってました。それこそアルテミス末期には、森下純菜は大山さんが担当というか、プロデュースしていたんです」
――『アイドル冬の時代』でも、2000年に水野あおいさんが引退して、森下純菜さんの心が揺れ動いているときにも、大山さんが台湾で芸能活動するか、引退するか、そのまま低迷しているかの選択肢を与えてくれたとの話があって。そうしたら、台湾留学中にアルテミスが危うい感じになっていたとも書いてありました。
「合ってます、合ってます。それで合ってますよ。お金が続かないんです、こちら側のね。申し訳ないとは思ったんだけど、それはどうしようもなかった」
――そうですよね。それで本人も帰国して、また大山さんのアドバイスを受けて、ライブアイドルとしてもう一度活動しようと…
「そうでしょうね、そこから大山さんが完全にマネジメントをするようなかたちになった、ということですね。それから20年以上がんばってきたんです。これはすごいことですよ」
――そうですね。
「だから、あおいちゃんがまた戻ってきたというのは、純菜ちゃんが活動を続けていたからっていうのも大きいと思うんですよ。たぶん純菜ちゃんとは定期的に連絡を取っていたんじゃないかなって思いますね、その20年の間にも」
――ああ、なるほど。
「そこは切れないで、ずっとつながっていたという… 嬉しいことですね」


※2024年8月上旬、9月中旬に行った野間真さんへのインタビュー内容は以上です。それぞれインタビューで3時間余り語っていただきました。ご協力いただいた野間さんに感謝申し上げます。
さらに、ここまで長い間インタビュー記事を読んでいただき、ありがとうございました。また機会があれば再開するかな、するかも……⁉


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