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野間真さんインタビュー#05~シングル『恋なのかな???』『春の輝き』

2024年9月中旬。また野間さんの事務所をご訪問し、インタビューをさせていただきました。
――前回のインタビューで『あおい伝説』のモチーフが、実は堀ちえみの『CHIEMI SQUALL』(ちえみスコール)だったという話を聞いて、とても面白かったんです。そこで今日は、シングル曲やアルバムを中心に、その曲がどういうコンセプトで作家さんにどのような依頼をされたのか、というお話をお伺いできればと思います。
「なるほど、なるほど。たしかにそういう話はどこにもまだ出ていない、まったく出ていないと思います。で、あおいちゃん(自身)がこんな歌を歌いたい、という意見は、あの方は(あまり)無いんですよ」
――ほお、そうですか。
「はい。だから、発注する立場の人間がどういうことを言ったか、ということでありまして… 彼女の場合、デビューシングル(『恋なのかな???』)に関しては、センチュリーレコードのMさんという専務がいて、ちょっと裏社会に通じているような雰囲気をもった方で(笑)、そのMさん主導でフルオーケストラのレコーディングでやった曲なので、私は直接かかわってはいない、そういう感じですね。ソロデビューできればよしとしよう、ということで、たぶんセンチュリーレコードの皆さんもそうだったのでないかと…
 94年1月にデビューをしていて、それはもう93年11月にTiara(ティアラ)というFairy Tale(フェアリー・テール)から分かれた2人組がSレーベルから出たので、それに負けるなと言って作った。で、デビューシングルができたということです」
――前回のインタビューのときも、おじいちゃん――そのMさんというおじいちゃんが作って、野間さん的には完璧にコンセプトを外していた、とおっしゃられてましたね。
「そうですね。そうなんです、ちょっとはずれのデビュー曲ではあった。まあ、申し訳なかったなあと。ファンの人たちにも申し訳なかったし、あおいちゃんにも申し訳ないなあと。とりあえず出せたということでいいかなと、ということだったんですが…」

ファーストシングル『恋なのかな???』『妹からはじめたい』1994年1月21日リリース

「そのことにセンチュリーレコードの若手の方が気づいて、すぐこれは第2弾を作ろうという話になって、若手のディレクターさん主導で… そのときにセンチュリーレコードの佐藤さんという方がたまたま沢田聖子さんとつながりがあったようで沢田聖子さんに発注をかけたと…」
――ほお。
「ただそのときは、私も少し意見を言いました。セカンドシングル『春の輝き』『金のボタン』ですね。このセカンドシングルに関しては、まあそんなに細かいことは言っていないけれども、8ビートの林哲司さんとかが作りそうな曲で行ければいいね、という話をした憶えがあります。ただ楽曲のコンセプトといった細かいことまではとくに…
 なぜかというと、『春の輝き』『金のボタン』に関しては、原盤制作をセンチュリーレコードでやっているわけです。だからデビュー曲もセカンドシングルもセンチュリーレコードが原盤を持って作った曲ということになるんですね。それでやってみて、とりあえず少し良くなった」
――”春の予感 あなたが好き” という歌詞が効いていて、いい曲ですよね。あおいさんの高音が綺麗なので、サビもその高音が映えるようなメロディですごく綺麗な曲です。
「そうですよね、たしかにたしかに。アイドルポップスのわりと王道というか、そこまで奇をてらっていないというかそういう作りの曲が出た。そこで少し生きかえった感じはありましたね」

2ndシングル『春の輝き』『金のボタン』1994年3月18日リリース

デビューまでのいきさつ

――デビュー曲は、まあたしかに何となく変な感じなんですけれど、きちんと聞いてみるとメロディーラインはそれほど変な曲でもないような気がします。ただ、イントロの部分のオーケストラとギターの妙なフレーズが…
「なんか妙に古い感じが… あの当時でも古い感じがしたのでちょっと不思議だったよな。どういうコンセプトでやったのだろう」
―――ちょっと納得がいかないですね(笑) ティアラと分かれてセンチュリーレコードが一生懸命やらなければいけないと思ったわりには…
「そうなんですよね」
――Mさんという方がそういうのが好きだったのか、かつて70年代ポップスを手掛けたことがあってそれが20年後にまた蘇ってしまったのか…
「演歌っぽい部分もちょっと残ってますよねぇ」
――ああ、センチュリーレコードはもともと八代亜紀がいたんでしたっけ?
「ええとね、なんかそういう演歌のところですよ。アイドルはやったことがないに等しいと思います。不思議だったよな…」

――その前を言ってしまうと、フェアリー・テールという3人組をなぜセンチュリーレコードが手掛けようとしたのか、というのもまた不思議なところではあります。
「ありますね。そのフェアリー・テールというのは、当時、三木プロダクションという――『いつみても波瀾万丈』なんていうテレビ番組の司会をしていた逸見政孝さんが所属していた、いわゆるテレビキャスターというんですかね、そういう司会とかが多くいた事務所で、その三木社長の息子さん、つまり三木ジュニアがアイドルをやりたいなということで、センチュリーレコードの知り合いの若い人とやっていたんですね、アイドルプロジェクトを。 
 MOMOCO CLUBから作るか、乙女塾のかつてのメンバーから作るかっていう話をいろいろされて、私はメリーゴーランドにいましたから、道を挟んで向かいのビルに三木プロダクションがあったので、よくお昼にお蕎麦を食べながらそんな話を…
 だから、その三木ジュニアはたぶんアイドルを好きだったんですね。メリーゴーランドの森本社長とも交流があった中で、アイドルのことを考えるんだったら野間ちゃんがいいだろって話になって相談されたような記憶がありますね」
――ほお。
「その時はまだ、水野あおいという形はなくて、僕がキープしている女の子という状況だった。僕はそこに水野が入ったら面白いなと思ったんだけれど、三木さんはまったく、あんなのは…とか言って評価が低いわけですよ。どこの世界からも評価が低いんだ、あおいちゃん(笑)」
――かわいそうに(笑)
「ただそれはそれで話は話で… それでフェアリー・テールというのを作ったんだけどね。結成の動機というのは、その三木社長の息子さん――三木ジュニアの企画ですよね」

ディレクターからも、やはり歌はしっかりしていると

――まさに人生波瀾万丈で、菊池、浅山の次の3人目という形で加わって…
「ちょっと、その…付録というか、そんな感じではありましたけれども。ただその3人が集まって、どうしても浅山、菊池っていう2人は乙女塾からのつながりで、もともとの知り合いの中に、ひとり、ちょっとちんちくりんが入っちゃったというところでは2対1っていう構図は最初からあったんだけれども… 
 ただね、センチュリーのディレクターさんからはやっぱりレコーディングをするとあおいちゃんが一番しっかりしていると。歌に関してはやはり。そういうことは言っていましたね。うん、しっかりしてますよねって」
――いまyoutubeでフェアリー・テールを見れるのが2つだけなんですが、ひとつはプロモーションビデオで…
「雪の中のだな」
――そうです。それと、あとはどこかの歌番組からアップしたものですが、歌っているところを見ると、菊池、浅山はやっぱり少し素人っぽさがあるなあという中で、水野あおいさんのソロに入ったときにそこできちんとした歌になるんですよ。たしかBメロのところだと思いますが、そのソロパートを入れたのもディレクターさんが3人の歌唱を聴いてそう判断したのかなと。
「そうなんですよね」
――振り付けもですね、3人のうち一番しっかり振り付けをしている。ほかの子たちは手の上げ下げが甘いところ、水野あおいさんはすっと一直線に決まっている。真面目な性格でもあるし、このプロジェクトが来たらきちっとこなそうという意識があったのではないかと。
「そうですよね。振り付けに関しては、その頃はまだレッスンはしていないはずですが、CoCoとか中嶋美智代とかの乙女塾関係の映像からコピーして歌うことを『歌姫伝説』というライブでやってましたから、その意味でのストックというか、知識と経験はほかの2人よりはもうめちゃんこあったはずです」
――なるほど
「そう思います」
――「歌姫」というステージに出る機会がたくさんあったというのは功を奏していますね。
「そうですね。そういうのはありました。フェアリー・テールを組む前の話ですからね、それは」
――1年ぐらいですか?
「1年ぐらいやっていたんじゃないかな「歌姫」は。けっこうもうレギュラーメンバーで。だから当時の歌姫を見ていたお客さんからすれば、しっかり歌える、振りもしっかりできる、という評価はあったと思います。(お客さんの)母体はやはりCoCoファンですよね、そういうところから引っ張ってきている感じでした」

――私のせいで話がフェアリー・テールまで戻ってしまったのですが、デビュー曲『恋なのかな???』があって『春の輝き』で8ビートの…
「そうそう、アイドルポップスの曲を作っていったと」
――沢田聖子さんは、曲を作った時に水野あおいさんに直接会っているんでしょうか。
「ああ、会ってます会ってます。当然レコーディングにも立ち会ってもらっているので」
――やはり本人の声の特徴や、しっかり歌えるということを分かった上でこの曲を提供しているんですね。
「そうですね。そういうことだと思いますね」
――わりあい難しい曲だと思うんです。
「うん、歌に関してはホントに評価が高いですよね。ほとんどレコーディングの後で声をいじったとか、そういう話は聞かないので。音程も合っているし、レコーディングも早く終わるタイプということは」

コールを掛ける「偉い人」たち

――また話が飛んでしまうのですが、”あなたが好き”(あおいが好きー)の掛け声ですが、親衛隊というのはいたんですか。いや、そもそも親衛隊なのかな?
「歌っている彼女に掛け声をかける、というかコールをする人たちは、まあCoCoファンの流れでしょうね」
――なるほどなるほど。
「そのあたりの人たちが始めたことだと思います。こちらから意識して、例えば、よく事務所が親衛隊を集めてリクエストはがきを書かせるとか、そんなことはやったことがない」
――よくある芸映の〇〇〇〇隊から〇〇〇〇隊に隊員が移動したりとか…
「そうそう、芸映パターンですね、そういうのでなんか…」
――バーニングの〇〇〇〇隊がやたら人数多くて強いとか…
「はいはい、連盟とか連合とかいろいろね、派閥があったりしたと思いますが。ただそういう意味では無党派ですよ。ぜんぜんそういうのはない。けっきょく事務所がそういう親衛隊とかを囲おうとする意識がないから、最初っからそういうのはまったく必要ないし…」
――CoCoから流れてきたというのもあるんでしょうが、コールも上品といえば上品ですね。
「そうですね、今のオタ芸とか、なんか聴いてないようなそういうのとは違いますね」
――80年代前半のコールとかの、例えば「L・E・T・S ウー、レッツゴー」みたいに歌声にダミ声をかぶせちゃう、ああいうのに比べて洗練されているかなと。
「そうかもしれませんね。そうですよ、まったく親衛隊とは違うところから来ている感じはしますね」
――ファンの中の常連さんというイメージですね。
「そういうことですね」
――桃井はるこさんが、コールのせーのって掛ける人を「偉い人」って呼んでいるんですよ。
「はいはいはい」
――今日も「偉い人」が来て、せーのって言っていたという。親衛隊なんて感じでは呼ばなくて、自分たちよりも常連さんで場をよく知っているという感じで…
「そういうことになるでしょうね。なるほど。すこーし時代が動いているんですね、ウー、レッツゴーの時代から。もう90年代に入ってますから」
――80年代後半から変わってきたんでしょうね。
「そういう組織はなくなってきたんじゃないかと思いますね」
――純粋にアイドルが歌うのが好きな人たちが集まりだした、ということですかね。
「そういうことでしょうね。(アイドルの)数もちょっと減ってきた時ではありましたからね」
――すみません。また話が脱線してしまいました。

次回は、『見つめていたい』の話になります。

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