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マフラーに【シロクマ文芸部】
マフラーに、隠れた顔の下半分。
僕の彼女、美香は師走に入ってからマフラーも使い始めた。そのせいで、外では白いマスクすらもロクに見えやしない。
僕達が高校に入学したとき、既に新型コロナウィルス感染症は大流行の状況にあった。
一学期のうちは、ろくに学校に通うこともできなかったのを覚えている。二学期からは毎日通学ができるようになったものの、外出時にマスクを着用することは絶対の条件だった。
写真部で出会った美香と気が合って、付き合うようになってから一ヶ月が経つ。しかし、僕は美香の顔の全容を見たことがない。一度も。美香も同じはずだ。
でも、今日はチャンスなのだ。
駅前のマックに二人で入った。季節限定のグラコロを食べたい、僕が奢るから、二人で食べようと誘ったのだ。正面に座ってグラコロを食べれば、自然に顔を見せあうことになる。
こんなことをする、それ自体が、普通の女友達とは有り得ないことだ。美香と二人で、極めて特別なことをしようとしている。そんな気になって、僕は胸を高鳴らせた。
店舗の2階で窓際の席を確保して、美香には座って待たせた。
店内は空いていた。コロナ禍の午後、店内で食事しようという客は少ない。
二人ぶんのセットを持って戻った。
美香は早くも傾き始めた冬の陽光を浴びて、窓の外を眺めていた。彼女はいつも白の使い捨てマスクを使っている。
美香の正面に座ってしまって、そのときを迎えた。
二人で、顔を見せあうのだ。
美香は目で笑っていた。そうして、しきりに髪を気にする仕草をした。照れ隠しなのだ。
僕も笑顔を返したが、僕の口元は見えていないのだな、と改めて思った。これまで、目元だけのコミュニケーションで、お互いにどれだけのことが伝わっていたのだろう。
一緒に、マスクを外した。
美香の顔は、僕が勝手に脳内で補完していたものとは全く異なっていた。
鼻は、想像していたより小ぶりだった。口は想像よりも少し広くて、笑顔になるときれいに並んだ白い歯が良く見えた。
想像とは違う。違うけれども、可愛い女の子なのに違いはなかった。
「恥ずかしいから……!」
僕は見とれてしまっていて、開いたままの口にポテトを突っ込まれた。
写真を撮ろう、と言った。
グラコロを前に二人で撮った写真は、その先ずいぶん長いことお互いの待ち受け画面になっていた。
二人で、指輪をはめた写真に更新されるまで。
完
シロクマ文芸部初参加です。よろしくお願いします!