『ラブレター』【#秋ピリカ応募】
「お願いなんだけど、これ、紙でくれないかな。」
通学途中の電車内、隣に立つアキがスマホで見せてきたのは、今朝、僕が彼女に送ったばかりのメッセージだった。
『僕の彼女になってください』
僕とアキは、最近なんとなく一緒に行動するようになった。昨日の別れ際、アキが「あたし達って恋人なのかな」などと不安そうに言っていたから、朝メッセージを送ったのだ。
「紙でって、どうして?」
「ラブレターが欲しいの。」
「データ全盛の時代に? なんで?」
「むうっ。」
アキはむくれてしまって、それっきり正面の窓から僕のほうを見てくれなくなった。彼女の大きな丸い目はなんだか涙目である。僕はそんなに悪いことを言っただろうか。
アキは現代文と歴史が好きな、感情型の文系女子である。一方、僕は理系で、合理性のほうを優先に考える。彼女の気持ちは、たまにちょっとわからない。
「これ、紙でくれないかな。」
同じ台詞。本日二人目である。僕は職員室にいて、白髪頭の学級担任に呼び出されていた。
「検定の合格証書ですか? データは送りましたし、いま何級かわかるわけですから、それでいいと思うんですが……。」
「違うんだなあ。」
担任は枯れ木のような腕を振って、彼の引き出しを開けた。そこにはバインダーがずらりと並んでいた。数は40ほど。
「クラスの生徒、一人にひとつ。情報が混じらないし、何人ぶんでも並行して見られる。
情報の多い時代だ。流れゆくものはデータでいいがね。
大事な、無くせない情報は、やはり実体を伴うべきだ。紙だよ、紙。」
その日の放課後、僕は大きな街へ出て、金粉の乗った少し高級な和紙と、小さな筆を買った。
翌朝、駅で僕をみつけたアキは、わざとらしくふくれっ面で明後日の方向を向いて見せた。その目の前に、僕は封筒を突き出した。
アキは丸い目を真ん丸にした。そして、まだ中身を読んでもいないのに、大事そうに封筒を抱えて何度か飛び跳ねるようにした。
「うれしい!」
彼女の不機嫌は吹き飛んでしまった。目を輝かせながら彼女は封筒を開き、二つ折りになった和紙を取り出して、うっとり「きれい」とつぶやいた。
『薄紙に のせるこころの 重さかな
やぶるるなかれ とどけ我が恋』
アキは声にならない悲鳴のような声を上げ、耳まで染めて赤面した。どうやら喜んでいるらしい。
やがて、彼女は丁寧に和紙を封筒に戻し、再び胸に抱くようにした。
「ごめんね。どうしても欲しかったの。すごくうれしい。返歌するから。」
「僕も、アキの気持ちを想像しなくてごめん。」
僕がそう言うと、彼女は僕の目を覗き込むようにして微笑んだ。
「そんなこと言ってくれるんだ。そうしたら、いまあたしが何がしたいか当てられる?」
ずるい。アキは感情型である。わかりっこない。
「ええ……?」
「時間切れ。」
彼女は少し背伸びをすると、僕の口にその唇を押し付けたのである。ずるい。まったく、ずるい。
(本文1197字)
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