見出し画像

三月に【シロクマ文芸部】

 三月に、どんぐりを探す。絶望的なミッションだ。

 あたしはもう、20分も前からみいちゃんと一緒に探している。去年の秋、どんぐりでコマを作って遊んだことを思い出しちゃったみたいだ。三月に。
 みいちゃんは隣の家に済んでいる、保育園の年中さんだ。

 このあたりは住宅地だ。道が狭い。交通量はほぼないから、みいちゃんはたまに家の外で遊んでいるのだ。

「一緒に、近くの公園まで行ってみようか。」
 あたしが言うと、みいちゃんは笑顔で頷いた。

 手を繋いで、ぶらぶら歩く。
 みいちゃんは、どんぐりで作るコマの素晴らしさを熱心に説明してくれる。そっかそっかー、そうなんだね。

「おねーちゃんは、こうこうせい? なにしてあそぶの?」
「うーん。お友達と、お話したりするよ。」
「ガハハハハ!」
 笑われた。

 まあ、嘘だ。そりゃあ笑われる。
 あたしは学校では一人ぼっちだ。化粧したりネイルをしたり、スカートを短くしたり。そんなことに熱心なクラスメートと、どうも合わない。興味がない。
「あの子は、女子高生を捨ててる」と、聞こえよがしに言われたことがある。ケバい化粧をして、無意味に脚をさらけ出すことが「女子高生を捨てない」ということなのだとしたら、あたしはべつに、女子高生に未練はない。女子高生ってなんだ?

 公園に着くと、みいちゃんは歓声を上げて木々のほうへ走っていった。その姿を見失わないように見ながら、あたしはスマホを取り出した。
 三月に、どんぐりって手に入るの?

 ……絶望的なことしか出てこない!

 みいちゃんは熱心に木々の根本を探している。ブナの木がどんぐりを作るようだが、どれがブナの木なのかはわかったもんじゃない。第一、この公園はしっかり掃除されていて、葉っぱさえもほとんど地面に落ちていない。

 あたしも、少し周囲を歩いてみた。
 無い。季節じゃない。落ちてない。

 あたしは、しゃがみ込んでいるみいちゃんの背中に声をかけた。
「みつからないねえ。」
「ないかあ。」
 みいちゃんは立ち上がって振り返った。そして続けた。
「かえろっか。」
 誰の真似なのか、みいちゃんはぱんぱんと手のホコリを落とす仕草をして言った。表情からはなにも読み取れない。

 なんで、そんなに聞き分けがいいの。

 あたしは、自分が小さなころ近所のスーパーで迷子になったことを思い出した。お菓子をねだって、買ってもらえなくて、拗ねてママから離れたら迷子になった。泣いた、あれは。

 みいちゃんが「良い子」なので、かえってあたしは火がついた。高校生の本気を見せてやる。

 あった。側溝の溝に挟まるようなかたちで、ひとつだけ。
 取り出してみると、見えていなかった後ろ半分が大きく損なわれている。中身もない。少なくとも半年くらいはここにあったのだろうから、自然なことだ。
 しかし。これでは、コマにはできない。

 捨てようかと思ったら、いつの間にか後ろにいたみいちゃんが「わあ! どんぐり!」と言った。

「うーん。これ、中身がないの。コマにはできないよ。」
「どんぐり! 見せて! どんぐり!」
 聞いちゃいない。
 半分だけの、中身のないどんぐりをもらって、みいちゃんはたいそう喜んだ。

 みいちゃんは上機嫌で帰路についた。あたしと手を繋ぐのも気に入ったらしい。手が離れると、「おねーちゃん、早く」と急かされる。

「どんぐり、見つからなくて残念だったね。」
「ガハハハハ!」
 みいちゃんは豪快に笑った。そして、手に握り込んでいる半端などんぐりを摘んで掲げ、小躍りした。
「みつかったよ! どんぐり。
 どんぐりはね、はんぶんでもどんぐりなんだよ。」

 どんぐりはどんぐり。
 そうか。そうかもな。



いいなと思ったら応援しよう!