逢いたい菜【毎週ショートショートnote】
彼女には、もう会えない。
花束よりも、道に咲く花を好むひとだった。
僕が彼女と花を見に行ったのは一度きり。
人の手を借りず、菜の花が一面に咲いている場所があると聞いて、誘ったのだ。
青い空を背景に、菜の花が笑いあうように風に揺れていた。
春を喜ぶような、溌剌とした黄色。そこに、彼女の白いワンピースが誘われるように入っていった。彼女が笑顔で振り向いた瞬間は、もしも僕に絵の才能があったら名作に落とし込めたに違いない。原色の中の彼女には、「美しい」という形容がふさわしかった。
僕の名作、完全な調和の中から、彼女は抜け出して行ってしまった。
来年、また来ようねと笑っていたのに。
今度は紫陽花が見られるところを見つけたのに。
誘うことさえ、振られることさえできない場所に、彼女は行ってしまった。
菜の花の季節が来れば。
僕はきっと、彼女を思い出す。
完
(本文374字)
「逢いたい菜」で菜の花だとネタ被りすることはわかっているのだが、今はシンプルにタイトル回収にこだわる。