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冬の夜【シロクマ文芸部】
冬の夜。
具体的には、2019年1月1日の午前0時20分ごろ。
ネコは成田山新勝寺に向かおうとしていた。
厄年だったからである。年をまたいですぐ、かの有名な仏閣に詣でてお祓いのひとつも受ければ、来たる厄年の一年に向けて気後れすることがないだろうと考えたからである。
ネコは、それほど信心深くはない。
半分は物見遊山だ。日ごろは出歩くことがない場所、時間に出かけ、非日常を味わいたいということでもあった。
都内から、京成電鉄に乗った。京成電鉄が大晦日から1月1日の朝にかけて終日運行することは、沿線の者には少し知られた話である。
乗客は少ない。本当に信心深い者であれば、年が変わる瞬間には新勝寺の前にいるのに違いない。紅白歌合戦を見ながら酒を飲み、年が明けるのを待って、ゆるゆる出発するような中途半端な者は少数派なのだろう。
しかし、おかげさまで車内は快適である。
各駅停車で成田まで、先頭車両の広いシートを独占して、しかし駅に着くたびに吹き込んでくる凍える空気に縮こまりながら、ネコは成田に辿り着いた。
おお。
さすがに、成田には人がいる。
ネコが乗っていた電車からも、ひと群れと言っていい人数が降りた。彼らは各々に参道へ向かって、成田山に向かう一人になるため消えていった。
気のせいか、成田は空気が冷たかった。
ネコはその寒さに、むしろ清新なものを感じて参道を歩いていた。ときおり風が吹いて、寒さを肌にすり込んでくる。
耐えられぬ、というほどではない。
こんな時間に、わざわざ家を出てきたのにふさわしい空気に触れている。
ネコはその事実だけで半ば満足していた。
参道にはBarのようなものもあって、人々の笑い声も漏れてくる。新年を祝っているのだろう。
結構結構。みんな、大変なのだ。せめて年明けくらい、見知った仲間と飲んで、大いに笑ったらいいのだ。
さて、参道は尽きて、ネコは新勝寺にたどりついた。
時刻は1時20分。
新勝寺の中は大勢の人がいる。ただ、渋滞するほどではない。ネコはまず本堂に詣でた。そして、お祓いを受けられるという堂へ向かった。
1時の回が開かれている最中だった。次回は2時だという。
しまった。調査不足である。40分待ち───。
それでも、ネコは待った。
わざわざここまで来て、帰るという選択肢も見当たらなかった。
成田山のお祓いは2ランクに分かれていた。1万円の廉価版と、2万円の完全版。
ここまで来て、そして待ったのだ。
ネコは完全版のお祓いを受けた。
何が違ったのかはよくわからない。廉価版の購入者と同じ場所で、同じように儀式を受けた。ただ、帰り際に渡された札の大きさには差があるようだった。
2時半。ネコは帰路についた。
やるべきことはやってもらった。
しかし、ネコの心の中にはどこか、不満、残念さ、不本意、拍子抜けといったものが渦巻くところがあった。
しかし、大きく気落ちしたわけではない。概ね、この非日常を楽しんで、ネコは家に辿り着いた。就寝したのは、もう5時に近かった。
お祓いが効いたかどうかは定かではない。
2019年、ネコは大きな病気にはかからなかったし、仕事もまあ、大きな変化はなかった。
ただ、翌年、ネコは成田山に詣でることはやめてしまった。
それで翌年、新型コロナウィルスの影響を受け、仕事も異動になって、彼の一生の中でも最も忙しい一年を過ごすことになったというのは事実ではある。
完
いや、そこそこ寒かったっス。