卵を食べる頻度とアルツハイマー病の新たな関係
これを食べると病気になる、これを食べると病気ならない、というのは多くのデマがありますが、卵をたくさん食べることとアルツハイマー病の関係について、新しい論文が出ました。今日はそれについて5分で読めるように解説します。
アルツハイマー病では脳で何がおきているか
まず最初に、アルツハイマー病の脳で何がおきているかを理解しておくと卵との関係もわかりやすくなる。
アルツハイマー病では脳にアミロイドβという物質が蓄積することでコリン作動性の神経が変性する。そして神経細胞における変性ってのは平たく言えば駄目になること。変性した細胞はそのうち死ぬ。そうすると生きてる細胞が少なくなって、脳の機能が低下し認知症になる。
変性で細胞が死ぬか血管が詰まって細胞が死ぬかの違いはあるけど、全ての認知症はこのメカニズムで起きている。そして、変性を起こす原因がアミロイドβであるものをアルツハイマー病と分類している。これがざっくりしたアルツハイマー病の病態生理。
アルツハイマー病の治療薬はどう働くか
あなたはブラック企業で働いています。あなたの同僚が退職して10人から2人になりました。どうすればいいでしょう。はい。答えは簡単です。あなた含め残った二人が5倍働けばいいんです。退勤できないよう建物のドアと窓を閉鎖しましょう。
これが古くからのアルツハイマー病の治療戦略です。つまり変性によって細胞が死んでしまいました。減ったので残ってるやつをこき使いましょう。ってことで、細胞から放出されたアセチルコリンは役目を終えて分解されます。しかしアルツハイマー病の脳にそんな余裕はないので、役目を終えても分解できないよう、分解酵素を阻害します。
そうするとあら不思議、コリン作動性ニューロンが減った脳だけど、ちゃんとアセチルコリンは十分な仕事をして神経シグナルを伝達してくれます。人間の世界には労基署があってよかったですね。病院は労基法キャンセル界隈でしたが。
ではなぜ卵に注目されたか
さていよいよ本丸。さまざまな食品に含まれるコリンはアセチルコリンの前駆体である。つまりコリンはアセチルコリンの材料になるということ。
コリンはアセチルコリンになるだけでなく、それ以外にもリン脂質として細胞膜を構成しており、体に必須の栄養素である。そして卵黄はコリンを多く含む。
そのため卵の摂取はアルツハイマー病に対して予防的に働くのではと考えられこの研究が行われた。1024 人の参加者を対象としてコホート研究を行い、サブグループ分析では死後脳解剖を受けた 578 人の死者の脳のアミロイド病理が検討された。
卵はどう影響したか
さてお待ちかね、結果発表。
結果的に、週1個以上の卵摂取は、アルツハイマー病の発症リスクの低下と関連していた。また、週1個以上の卵摂取をしていた人の死後脳では、脳内アルツハイマー病理の低リスクとも関連していた。
この論文の新規性は 大規模な高齢者コホートを用いて、卵摂取とADリスクを検討したこと 臨床診断と病理診断の両方を用いたこと 卵摂取によるADリスク低下に対する食事性コリンの媒介効果を検討したこと。
適切な卵の摂取量は?
ここまでが論文紹介、以下が感想。 この論文は病理まで踏み込んでて興味深いけど、卵週1って少なくない?
コホートであり非介入であること考えると卵を週に1個も食わない人の食生活が終わってて、たとえばジャンクフードだけ食べていたから血圧や血糖が高くなり、アルツハイマー病になった可能性も十分にある。
さらに言えば 卵の賞味期限考えると卵を週1未満の人は多分月あたりで見ても卵1個も食べてない可能性がある。なのでこの研究の解釈としては、
「卵を食べるとアルツハイマー病が予防できますよ」
ではなく
「卵を全く食べてない(ような食生活をする人)はアルツハイマー病のリスクが高いですよ」
と考えるのが正しい解釈だ。卵で認知症が防げるなら卵が保険適応になるはずなので。
ちなみに卵の理想的な摂取量は他の研究でもかなり盛んに調べられていて、だいたい週3-4(2日に1個)ペースが いいんじゃない、みたいな空気あるけど、地中海式食生活とかでも明確な数が決まってない。 少なくとも毎日食うと糖尿病リスクが42%上がるというメタアナリシスがある。
あと、今回の記事をみて、なるほど、コリンを増やせばいいと思った人、ちょっと待った。身近にある物質で最もコリンをドバドバ出す物質がある。それは農薬だ。そしてサリンもまたその仲間だ。
認知症治療のゴールドスタンダードであるコリンエステラーゼ阻害剤とは、農薬やサリンの毒性を極限まで薄めたものであり、実際、認知症の薬を一度の何錠も飲んでしまった人や農薬の飲んでしまった人はサリンを浴びた人のような症状を呈する。つまりヨダレがダラダラ出て、瞳孔が針の穴のように収縮し、血圧がグッと下がる。
過ぎたるは及ばざるが如しなので、神経系のどの物質も、過剰でも過少でも脳は正常に働かない。あまり神経科学のトレーニングを受けていない人は、「欠乏すると認知症になる」という事実から「その物質をたくさんとるほど認知症リスクを下げる」という結論に飛びつきがちだ。
2024年12月時点で、認知症予防につながる事が科学的に証明された食品もサプリも存在しない。大事なのは欠乏させないことだ。そして欠乏させない食生活というのは、往々にして極めて普通で全く面白みがない。当たり前のことを言っても面白みがないから、インフルエンサーは決して言わない。
しかし、認知症を回避するというのは、別に宝くじに当たるような幸運を必要としない。なんならその方法はみんなが知っている。ただ、それを実践する者が少ないだけで。つまりは十分な睡眠、適度な社会参加、バランスの良い食生活。効くはずもないサプリメントよりも、ずっとずっとありふれていて、それでいて実践できる人はそうありふれてもいない。