私自身の「謝ったら敗ける」病解消のために

下記の件、気にはなっていたが、あまりにもおぞまし過ぎて深追いする気にならなかった。
幸いなことに森田先生がしっかり記事にしていただいていた。

「おい、この死体検案書はニセモンやで!医師であるワシが言うんやから間違いおまへんで!!どや!!!」みたいなことをSNSで喧伝していたわけだ。軽率というか、怖いもの知らずというか、🐎🦌というか・・・。
この話題、私は以前にも👇でも触れていた。確かに、暴言を吐いていたのは件の「作家兼医師の男性」だけではないのだ。
医師だから、という問題ではない。こんな内容をSNSで喧伝できる程度の知性しか持たない「ヒト」が存在している、ということがヤバいでしょう、と思う。

それよりも重要なのは、「医師はなぜ謝らないのか」という森田先生の指摘だ。もちろん、「謝ったら死ぬ」病の知識人たちと同様、プライドの不必要な高さ故に謝れない人も多いだろう。でもそれだけではなかった、ということを思い出した。

実は、患者さんが医療訴訟で医師を訴えると、医師は弁護士から「謝ってはいけない」と言われることが多いのです。
医療の現場では一定の確率で予測不能の不幸な結果が発生してしまうことがあります。それは「仕方ないこと」であって「医師の過失ではない」。だから、裁判で明確な判断が出るまではなるべく謝罪せず、「あの時は仕方なかった」と主張することが重要。
そういうことを弁護士から言われるのです。

https://note.com/hiroyukimorita/n/n90adfa332408

「謝ったら死ぬ」病、ではなく「謝ったら敗ける」病、である。
私自身も、医師に成りたての頃に「絶対に謝罪してはいけない」「『すみません』は禁句である」というのが「医師の常識」であるかのように先輩医師に叩き込まれたことを思い出した。
私にはその影響が、今でも確実に残っている。つい謝罪の言葉に詰まってしまうことが、実生活ですらある。だから、意識的に謝罪の言葉を出すようにするぐらいで丁度いい感じである。

ところで・・・
この私を含めた医師の「謝ったら敗ける」病は、医療訴訟の増加したことと関連しているんだろうな、と、漠然と思ってはいたが、実際のところどうなのか、について考えたことがなかった。
それを考える材料として有用なデータが、最高裁のHPにあった👇

医事関係訴訟に関する統計1

まずは実際の医事訴訟数を見てみる。
新受」とは「裁判所が1年間に新たに受け付けた訴訟件数」ということ。
私が医師になったのは平成18年である。
私が医学生だったころの平成11年から16年にかけての新受件数の増加は、医療現場にとってはなかなかショッキングだっただろう。なにせ2倍近くに増えているから。

医師賠償責任保険への加入が医師の世間で「当たり前」とされているのも、この時期の影響なのだろう。
私も、毎年保険会社にお金を収めている。近年は加入の必要性に少し疑問を感じることもあるのだが、でもまあ必要経費と考えている。

近年、医療における訴訟件数は右上がりで、医師が患者に訴えられるケースは珍しいことではなくなってきています。産科医の減少は訴訟への不安が一因ともいわれています。
残念ながら「自分だけは大丈夫」という考え方は、大きなリスクにつながる可能性があります。
裁判所によって「賠償責任がある」と判断されると、億の単位に及ぶ賠償金額になることも珍しくありません。そのため、今では開業医であっても勤務医であっても医師賠償責任保険に加入していることは当然となり、かつその補償内容が重要となります。

勤務医のための医師賠償責任保険が勤務医賠償責任保険です。
勤務医の場合、医療事故が起きても、勤務先の病院の保険で負担がカバーされるため、個人で医師賠償責任保険に加入する必要はない、と考える医師が多いようです。しかし、医師個人への訴訟件数が増え、医療事故による賠償額が増えるにつれ、病院賠償責任保険ではカバーしきれないケースも増えてきています。その結果、「勤務先の病院の保険で」という考えでは安心できないのが実情と言えるでしょう。

まあ、こういう情報を医師になりたて、いや医学生のころから目にしていた訳だ。怖っ・・・すべての患者が「訴訟リスク」そのものに見えてくる・・・そりゃ「謝ると敗ける」病になりますわ・・・
最も、当時は「医療事故調査制度」施行前で、しかも「モンスターペイシェント対策」も一般化しておらず、すべての責任を医師個人に負わせるような風潮は今よりもはるかに強かった。客観的な調査も無しに、「向こうが無茶言ってるのはわかるけど、お前の対応にも問題があったに違いない。だから、とりあえずお前、謝っとけ!」みたいな・・・(実際、そういう場面を目にしたことがあるし、当事者になりかけたこともある)

しかし、訴訟件数は年々低下している。ピーク時(平成16年)にくらべて、近年は6割程度に減少しているのだ

では・・・
受理された訴訟が一体どうなっているのか、というと

医事関係訴訟に関する統計2

訴訟増加時には「判決に至る件」は訴訟総数の4~5割だったが、近年は3割程度に低下している。そして、実は今も昔も半分近くが裁判途中で和解に至っている。
つまり7割は判決に至る前に解決している

そして判決結果に関しては・・・

医事関係訴訟に関する統計3

「認容」とは「原告勝訴(一部勝訴も含む)」のこと。
つまり、「認容率」とは、判決総数に対する原告勝訴件数が占める割合、のこと、なのだそうだ。
これを見ると、認容率は訴訟増加時には3~5割だったが、近年は2割程度にまで低下している
しかも、通常訴訟に比べると、明らかに認容率は低い。
ちなみに「人証調べ実施」とは、人的証拠を調べた、つまり裁判の過程で証人尋問や本人尋問を行った、ということらしい。医事訴訟の認容率は、人証調べが実施された通常訴訟の認容率に限定してと比較しても、3分の1程度だ。

4

つまり・・・
①訴訟数そのものはピーク時(平成16年)にくらべて6割程度に減少している。
②訴訟の7割は判決に至る前に解決している。
③判決に至ったとしても、認容率、つまり医療側が敗訴する割合は2割程度。通常訴訟に比べて非常に低い。

ということだ。
医療事故発生時の対応のシステムが、昔と比べて整った👇のも理由だろうか。
カルテ開示も最近は当たり前のように行われているしな。

https://www.medsafe.or.jp/modules/medical/index.php?content_id=2

20年前と違い、今のようにかなり客観的な調査が可能な状況で、本当に「医師が謝罪したか否か」程度のことが重視されるのだろうか?と疑った方がいい。

医師の「謝ったら敗ける」病は、過去の遺物とした方がいい。

不自然で過剰な防衛をするのではなく、自分が「謝罪すべき」と感じたら謝罪する、自分に否がある場合は謝罪する、という「人として真っ当なコミュニケーション」を重視した方がいい。

と、認識を改めねばならない。


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