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AU#40:スポーツ関連脳振盪後の持続的症状の不均一性:症状サブタイプと患者サブグループの調査

序文
脳振盪は、衝撃による脳組織の一過性変形およびそれによって引き起こされる神経代謝の変化が症状の原因とみられています。一方で、脳振盪の症状、および脳振盪患者の約10-15%で見られる脳振盪後の持続的症状(脳振盪後症候群など)は脳組織・脳代謝の変化のみで説明できないものもあり、身体・精神のさまざまな面で「脳振盪」の症状は現れます2。スポーツ関連脳振盪の評価法の一つとしてSports Concussion Assessment Tool(SCAT)による22の自覚症状を点数で評価し、合計点数で重症度を評価する方法があります。しかし、合計点数を基にした評価には、自覚症状に影響を及ぼす原因の不均一性が考慮されていません。近年の研究では、患者の既往歴、前庭‐眼球機能、自律神経系、さらには性格や社会的地位が脳振盪後の自覚症状に影響を与える可能性が示唆されており、特に長期的な症状を持つ患者においては、生物心理社会モデル(Biopsychosocial model)を基としたアプローチの必要性が示唆されています。今回紹介する論文は、このような大きな不均一性を持つ脳振盪の症状および患者の分類化を調査し、より個別化された治療の必要性を示した研究です。

論文概要
スポーツ関連脳振盪(Sport-Related Concussion: SRC)は、症状や機能障害の出現、進展、時間経過に伴う回復において大きな不均一性を示す。これまで、この不均一性の原因はほとんどわかっておらず、SRCに対する一般的に有効な治療法は見つかっていない。さらに、患者ごとの顕著な症状の相違は、臨床におけるSRC治療方法の発展と適用を困難にする。SRC症状の不均一性をより深く理解することにより、的を絞った個別化された治療の開発に大きく貢献する可能性がある。
近年では、SRCの症状の不均一性から、脳震盪における症状の分類化の研究が進んでいる。近年の研究では、脳震盪後の急性期(受傷後0~3日)および典型的な回復期間(受傷後1ヵ月以内)においてSRCの症状をサブタイプに分類することが支持されている。具体的には、(i)片頭痛症状、(ii)認知・情動症状、(iii)認知・睡眠症状、(iv)神経症状、(v)未定義の感情(i.e.「何かおかしい」、混乱)を特徴とする少なくとも5つの症状サブタイプの存在が既存の文献により示されている。また、文献は、症状サブタイプの分類と臨床転帰との関係も示している。具体的には、片頭痛のサブタイプに関連する症状は、臨床転帰(e.g. 回復の延長や認知障害)と最も強く関連していた。症状の分類化は、 SRCの根本的な原因と回復の見通しを予測するために有益であり、SRCの治療的介入の最適な組み合わせを定義するのに役立つ可能性がある。残念ながら、典型的な回復期間を超える症状のサブタイプ分類に関する研究はなく、日常生活や社会参加に大きな悪影響を及ぼすSRC後の症状が持続する患者群に対しては、より標的化された治療が特に重要であると考えられる。
症状のサブタイプ分類は、SRC後の持続的症状の不均一性をより深く理解することに貢献する可能性がある一方で、症状のサブタイプ同士が重複し、同一の患者内で、複数のサブタイプが併発することが知られている。このことは、持続性SRC患者を、共起する症状のサブタイプによって構成されるサブグループ(i.e. 症状サブグループ)に分類する必要を示唆する。脳震盪の症状が持続する患者の症状サブグループについて調査した研究はこれまでない。さらに、SRC症状サブグループの形成に関わる決定因子を調べることで、保護因子についての知見が得られ、新たな治療法への道を開く可能性がある。
本研究の目的は、SRC後に持続する症状の不均一性を探ることである。本研究では、(1)患者内で共起する傾向にある症状に基づく症状サブタイプの構造、(2)共起する症状サブタイプに基づくSRC患者サブグループの存在、(3)SRC患者サブグループの潜在的な臨床的関連性を、(a)受傷前、性格、臨床的特徴がSRC患者サブグループの出現に寄与しているかどうか、(b)SRC患者サブグループが持続する症状の重症度において異なるかどうかを調査する。

方法
RC患者163名(平均受傷後16.7週)における症状サブタイプの構造を検討した。その後、併発する症状サブタイプの比較構成に基づいて、患者のサブグループの存在を検討した。SRC患者サブグループの形成に寄与すると思われる因子を探索するために、受傷前特徴(i.e. 人口統計学および病歴)、性格およびSRCの特徴(i.e. 脳震盪の既往、意識消失および外傷後健忘)についてサブグループ間で比較した。臨床転帰に対するSRCサブグループの関連性を調べるため、症状の重症度(Sport Concussion Assessment Tool 5: SCAT-5)とサブグループを比較した。

結果
症状の分類
結果として、分散の59.8%を占める5つのクラスター(i.e. 症状サブタイプ)を識別する成分解が支持された。各クラスターに最も強く寄与している症状によって、症状サブタイプは以下のように分類された:(1)神経認知サブタイプ:分散の14.0%(5項目);(2)疲労サブタイプ:分散の13.2%(4項目):(3)感情サブタイプ: 分散の12.9%(4項目)、(4)片頭痛サブタイプ: 分散の11.1%(3項目)、(5)前庭-眼球サブタイプ: 分散の8.6%(3項目)(図1)


SRC患者のサブグループ
統計によって出力されたスクリーンプロットから、著者は4つの患者クラスターを抽出した。サブグループ1は、神経認知症状、片頭痛症状、疲労症状の優位スコアが高く、神経認知-片頭痛サブグループと呼ぶこととした。サブグループ2は、疲労症状および前庭-眼球症状の優位スコアが高く、疲労サブグループと呼ぶこととした。サブグループ3は、片頭痛症状および感情症状の優位スコアが高く、片頭痛-感情サブグループと呼ぶこととした。サブグループ4は、神経認知症状および感情症状の優位スコアが高く、神経認知-感情サブグループと呼ぶこととした。
SRC患者サブグループの臨床的関連性
各サブグループ間における違いとして、SRC患者の受傷前の特徴、性格の特徴、SRCの特徴、症状の重症度を比較した。結果、受傷前の特徴として神経認知-片頭痛サブグループにおいては社会・経済的地位が他のサブグループと比較して低く、感情-片頭痛サブグループにおいては社会・経済的地位が他のサブグループと比較して高いことがわかった。
また、性格の特徴として、神経認知-感情サブグループにおいては、性格に関するスコアが他のサブグループと比較して低く、疲労サブグループは他の性格に関するスコアが他のサブグループと比較して高いことがわかった。
SRCの特徴として、神経認知-片頭痛サブグループにおいて、意識消失の頻度が多かった。また、症状重症度の特徴として、神経認知-片頭痛サブグループにおいて、SCATの症状合計スコアが高かった。さらに、片頭痛-感情サブグループにおいてはSCAT上の正常度スコアが低く、一方で神経認知-感情サブグループにおいては正常度スコアが高かったことがわかった。(図2)


結論
本研究は、SRCの不均一性、特に、より長期にわたるSRCが存在する場合の不均一性をより深く理解することに寄与する可能性がある。また、本研究は、受傷前、性格およびSRCの特徴が、症状が持続する患者におけるSRCのサブグループの出現に寄与していること、およびSRCのサブグループは持続する症状の重症度の点で異なることを示唆している。これらの結果は、類似的な症状パターンを有する持続性SRC患者のサブグループにおいて、持続性SRCの回復を最適化するためのより標的化された予後、臨床治療が可能になることを支持するものである。

まとめ
スポーツ関連脳振盪は大きな不均一性を持つものであり、脳振盪の症状や予後は生物的・心理的・社会的なさまざまな面から影響を受けます。したがって、特に長期的に脳振盪の症状が続く患者においては、症状や臨床診断・評価の結果をそれぞれ検討し、影響している因子に標的化された臨床治療が重要となります。今回の論文で紹介されているサブタイプやサブグループ、およびそれぞれに関する症状や影響を一例として、今後の脳振盪の不均一性を考慮したアプローチにつながれば幸いです。

その他
性格の特徴は、パーソナリティ問題の重症度指数短形式(Severity of indices of personality problems short form)を用いて測定された。得点が低いほど人格障害の特徴が顕著であることを示す。

Reference

  1. Langdon S, Goedhart E, Inklaar M, Oosterlaan J, Königs M. Heterogeneity of persisting symptoms after sport-related concussion (SRC): exploring symptom subtypes and patient subgroups. J Neurol. 2023;270(3):1512-1523. doi:10.1007/s00415-022-11448-6

  2. Makdissi M, Cantu RC, Johnston KM, McCrory P, Meeuwisse WH. The difficult concussion patient: what is the best approach to investigation and management of persistent (>10 days) postconcussive symptoms?. Br J Sports Med. 2013;47(5):308-313.

文責:水本健太
編集者:大水皓太、姜洋美、岸本康平、柴田大輔、橋田久美子

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