序文 前十字靭帯断裂は、スポーツ傷害の中でもよく起きる怪我であり、多くの臨床家が前十字靭帯再建術(以下ACLR)後のリハビリテーション(以下リハビリ)を担当する機会が多いかと思います。ACLR後の患者は、長いリハビリを経ても再受傷のリスクがかなり高く、その原因として運動制御能力の欠陥があげられます。そして現在提唱されている一般的リハビリプログラムは、運動制御の欠陥を対象として最適なアプローチが出来ていない可能性が考えられます。再受傷リスクはリハビリ中の運動学習における戦略によって対処することが可能です。例えば、ACLR後の患者にリハビリエクササイズを指導する際には、身体動作にInternal Focus of Attention (内部意識:以下IFA)を向けるより、External Focus of Attention (外部意識:以下EFA)を向けるほうが再受傷リスクの低減に効果があることが示されています。よって、ACLR後の運動学習とパフォーマンスを向上させるために、私たち臨床家は言語による指導とフィードバックが、リハビリの過程を通じて注意の向け方、ひいてはスキル発達にどのように影響するのかを考慮する必要があります。この論文で紹介されている、注意の向け方をIFAからEFAに変える言い方の例を交えて、臨床家の方々にリハビリの際に何を意識してもらいたいのかを紹介していきます。
論文概要 背景・目的 ・前十字靭帯断裂のような外傷性損傷は、認知機能障害を引き起こす可能性があり、損傷していない人に比べて、大脳皮質の運動野や運動前野が単純な運動課題中に過剰に活性化するという不適応な神経可塑性が起こる可能性がある。 ・機能喪失、疼痛、再受傷への恐怖心、その他の心理的要因によって患者は損傷部位に意識を向けがちである。したがって、損傷から回復段階の患者は、動作を行う際に受傷部位に過剰に集中し、それが運動パフォーマンスの低下につながる可能性がある。このように身体の動きに意識が向くことがIFAとされている。 ・EFAが運動スキルの学習とパフォーマンスの向上にIFAよりも効果的であることは、様々な人口、タスク、そしてスキルレベルにわたる多くのエビデンスによって示されており、バランス、ランニング、アジリティや方向転、力の発揮、水平・垂直ジャンプにおいてEFAがより正確なパフォーマンスをもたらすことが明らかになっている。 ・高いレベルのパフォーマンスへの復帰には、意図した運動効果に向けた指示を出す際に、EFAを活用することが有効かもしれない。しかし、臨床家は90%以上の時間をIFAを用いた指示に費やしている。 ・近年の文献によると、ACLR後のリハビリにおけるEFAの解釈と実施について、より詳しい説明の必要があることが明らかになっている。 ・この解説の目的は、運動学習に有効な注意の向け方の臨床的枠組みを提示し、ACLR後のリハビリにおいてEFAを効果的に活用できるよう臨床家を導くことである。
EFAによる動作の最適化例 ・運動実行直前に運動指導の言い回しを微妙に変えることで、自分の身体の動きに注意を向けること(所謂、IFA、または自己指示型意識)とは対照的に、動作において意図する結果に注意が向くように、注意を外部に向ける(EFA)ことを促すことができる。例として、BOSU上で片脚バランスを行う際に指示を「足の動きを最小限にする」といったIFAから「BOSUの動きを最小限にする」と変えるだけで、注意の方向が変わりEFAになる。 ・ジャンプと着地の技術に関する文献レビューによると、EFA(例:聴覚的な合図を利用して「着地する時の音を聞いて、その音の情報をもとに後の着地をよりソフトにする」)を使うことで、パフォーマンス(ジャンプの高さ・距離)を維持または向上させながら、膝関節の屈曲角度が増し、重心(CoM)の変異が大きくなり、垂直接地反力(vGRF)のピーク値が低くなり、神経筋の調整が向上し、動作が改善することが示された。これらの所見は、ACL損傷リスクの低下を示唆している。
結果 EFAを作り実践するには時間と練習が必要であるが、患者のケアを最適にする為に役立つ可能性がある。ここで臨床家がEFAをどのように実践に取り入れるかを示す臨床例を、リハビリの初期、中期、後期に分けて提供する。
テーブルはすべてSingh H, Gokeler A, Benjaminse A. Effective Attentional Focus Strategies after Anterior Cruciate Ligament Reconstruction: A Commentary. International Journal of Sports Physical Therapy. Published online December 2, 2021. doi:https://doi.org/10.26603/001c.29848 より引用し翻訳 結論 運動制御の欠陥をターゲットとすることは、ACLRリハビリの重要な要素である。神経筋制御を改善する方法の一つとして、リハビリの初期、中期、後期に渡って運動スキルパフォーマンスを行う時に、注意の向け方を変えることがある。EFAはIFAに比べて、自動的な運動制御を促進し、より効果的なパフォーマンスと学習をもたらす代替的な戦略を提供する。臨床家は、リハビリ介入を通して、最適な運動戦略を促すために、IFAよりもEFAを実践に取り入れることが推奨される。
まとめ 今回の論文では、ACLR後のリハビリの全ての段階(初期、中期、後期)において、運動学習とパフォーマンスを最適化するためには、身体の動きに焦点を当てるIFAより、意図した運動効果に注意を向けるEFAが効果的であることがキーポイントとして書かれていました。リハビリ過程で IFAが全く使えないという訳ではなく、EFAを有効活用することで、患者に一つ一つエクササイズのステップを明示する必要は無く、むしろ機能的な環境の中でタスクの目標を達成するための解決策を患者が自由に考え出せるようにすることが大切であると考えられます。この記事を通して、どのように言い回しをすればリハビリにおいてより効果的にEFAを使えるか、是非試してみてください。
Singh H, Gokeler A, Benjaminse A. Effective Attentional Focus Strategies after Anterior Cruciate Ligament Reconstruction: A Commentary. International Journal of Sports Physical Therapy. Published online December 2, 2021. doi:https://doi.org/10.26603/001c.29848
文責:姜洋美 編集者:大水皓太、岸本康平、後藤志帆、柴田大輔、橋田久美子、水本健太