序文 アスリートの前十字靭帯損傷・再建術後には、早期かつ安全なスポーツ復帰、および再受傷のリスク軽減を目標として、多くの患者が長期的なリハビリテーションを強いられます。このリハビリテーションでは、靭帯の損傷・長期的運動制限などによる障害や、再受傷の危険因子などに関するエビデンスをもとに、生体力学的要因に対するアプローチが主にされてきました。一方で、このようなリハビリテーションを長期的に行なったにも関わらず、スポーツに十分に復帰できなかったり、再受傷をしてしまったりするアスリートは未だに多く存在します。この背景として近年注目されている要因の一つが、心理的要因です。近年の研究では、前十字靭帯損傷・再建術の患者において、再受傷に対する恐れや運動恐怖症(運動へ恐れ:kinesiophobia)などの、心理的要因がスポーツ復帰や再受傷リスクなどに大きく影響していることが明らかになっています。今回は、前十字靭帯損傷・再建術の患者に多く見られる心理的要因の一つである運動恐怖症と、再受傷の危険因子の一つである膝関節外転角度の関連性を検証した研究論文を紹介します。
論文概要 背景・目的 前十字靭帯再建術(Anterior Cruciate Ligament Reconstruction: ACLR)を受けた患者の約20%~30%が、スポーツ復帰後24ヵ月以内に二次性ACLを負っている。ジャンプ着地時の前額面における膝の動作異常、特に膝関節外転角度 (Knee Abduction Angle: KAA) の増大は、ACL再受傷の危険因子の一つである。KAAは修正可能な危険因子であり、ACL再受傷のリスクを軽減するために、神経筋トレーニングを通じてリハビリテーション時のターゲットとなることが多い。しかし、ACLR後に見られるバイオメカニクスの異常には、怪我に関連した恐怖心などの非生体力学的要因が重要な役割を果たしている可能性がある。したがって、リハビリテーションをおこなう際には、神経筋トレーニングなどを併用しつつ、このような非生体力学的要因を直接のターゲットにすることで、ACL再受傷のリスクをさらに軽減することができる可能性がある。
傷害関連恐怖とは、怪我に関連する様々な恐怖を表す包括的な用語である。ACLR後の恐怖には、再受傷に対する恐怖、恐怖回避への固執、運動恐怖症などが含まれることが多い。運動恐怖症は、ACLR後の傷害関連恐怖の中で最も頻繁に検証されるものの一つであり、ACLR後のスポーツ復帰の主な障壁であることが確認されている。ACLR後に患者がスポーツに復帰する際、怪我の機序を再現するような、恐怖を誘発するタスクや動作に直面することが多い。恐怖を喚起する動きとして、カッティングやジャンプなどが最もよく挙げられる。スポーツ復帰に失敗することに加え、運動恐怖症が高まった状態でACLR後にスポーツ復帰した患者は、24ヵ月以内に再受傷する可能性が13倍高くなると報告されている。したがって、ACLR後の運動恐怖症への対処を怠ると、将来のACL損傷につながる可能性があり、ジャンピング動作など、二次性ACL損傷のリスクと関連する他の要因に悪影響を及ぼす可能性がある。
「ストレスと傷害モデル」は、生理学的ストレス反応と傷害リスクとの関係を理解するために使用される理論的枠組みである。このモデルは、アスリートがスポーツにおいて潜在的にストレスの多い状況に直面した際、ストレス要因の履歴がストレス反応に悪影響を及ぼす可能性があることを示唆している。ストレス反応は、アスリートの認知的評価と生理的/注意的変化の組み合わせである。例えば、ACLR後の患者は、ジャンプ着地のタスク(i.e. スポーツにおけるストレスの多い状況)に対して、怪我に関連した恐怖(i.e. ストレッサー)の上昇を示すことがあり、これにより、タスク中の注意が変化する可能性がある。ストレスの多い状況に打ち勝つ能力やソーシャルサポートなどの資源が自分にはないと感じている人は、スポーツにおけるストレスの多い状況に直面したときに、より深いストレス反応を示し、スポーツ活動中に不適応な注意の再集中が生じる可能性がある。Rogersら(1)は、ストレスの多い状況での周辺視野の狭小化が、ストレスとスポーツ傷害の関係を媒介することを明らかにした。ACLR後の患者では、このようなストレス状況下での注意の焦点の変化が、ストレス反応を抑制するための自己防衛機制として、別の場所での代償(動作パターンの変化など)につながる可能性がある。したがって、運動恐怖症は、ジャンプ動作時の注意の要求に悪影響を及ぼし、その結果、動作パターンの不適応な変化につながる可能性がある。
運動恐怖症は、ジャンプ着地のバイオメカニクスと相関があり、二次的なACL損傷のリスクを高めるとされている。Trigstedら(2)とDudleyら(3)は、ACLR側の下肢の矢状面キネマティクスとの関連を明らかにしているが、運動恐怖症とKAAとの間にはこのような関係は認めていない。これらの先行研究は、スポーツ復帰が許可され、ACLR後平均2年と3年のACLR歴のある参加者において行われている。そのため、ACLR後のスポーツ復帰の許可が下りる前の回復初期段階(i.e. 術後1年未満)において、運動恐怖症が前額面キネマティクスや矢状面キネマティクスと関連しているかどうかは不明である。したがって、本研究の目的は、ACLR後5~12ヵ月の患者において、運動恐怖症が最大KAAおよび着地時の膝屈曲動態変化(Knee Flexion Excursion: KFE)と関連しているかどうかを明らかにすることであった。我々は、運動恐怖症の上昇は、標準的なドロップジャンプ評価において、ACLR肢でより大きな最大KAAとより小さなKFEに関連するが、対側肢では関連しないという仮説を立てた。運動恐怖症とジャンピングキネマティクスとの間に関連性があるかどうかを明らかにすることで、ACLR後1年以内の患者における二次的なACL損傷のリスクを軽減するための新たなアプローチに関する知見が得られる可能性がある。
方法 14~35歳の36名の、スポーツ参加中にACL断裂を経験した参加者(女性19名、年齢:19.9±5.1歳、身長:172.5±9.4cm、体重:76.7±20.0kg、術後期間:7.2±1.7ヵ月)を、片側ACLR後5~12ヵ月目にスポーツ医学クリニックから募集した。参加者は、運動恐怖症を測定するためにTampa Scale of Kinesiophobia-11(TSK-11)を記入し、標準的なドロップジャンプの試行を3回行った。2つのフォースプレートプラットフォームと、10台のカメラと同期した3次元モーションキャプチャシステムを使用して、ジャンプ着地時のキネマティクスを記録した。ステップワイズ線形回帰モデルを用いて、手術からの期間および生物学的性別を考慮した後、ACLRおよび対側肢における運動恐怖症、最大KAA、KFEとの関連を検討した。
結果 手術からの期間と生物学的性別を考慮すると、TSK-11が1ポイント上昇(運動恐怖症の増加)するごとに、ACLR肢のKAAが0.37°(7.1%)増加した(P = 0.02)。運動恐怖症は、対側肢KAA、ACLR肢KFE、対側肢KFEとは関連していなかった。
結論 ACLR後5~12ヵ月の患者において、より重度な運動恐怖症は、着地時の最大KAAの増加と関係があった。恐怖症を改善することで、KAAを減少させ、二次的なACL損傷リスクの低減につながる可能性がある。今後の研究では、ACLR後の患者において運動恐怖症を軽減し、KAAを改善するための実行可能な心理学的介入を検討すべきである。
まとめ
前十字靭帯損傷などの筋骨格系疾患のリハビリテーションでは、生体力学的要因に焦点をおくことが多いですが、よりホリスティックなリハビリテーションを提供するためには心理的要因を考慮することも必要です。今回紹介した論文では、前十字靭帯損傷・再建術の患者において、心理的要因の一つである運動恐怖症が、生体力学的要因で、再受傷の危険因子の一つである最大膝関節外転角度と関連していることが明らかになっています。このような心理的要因の筋骨格系疾患に対する影響は、慢性足関節不安定症や腱障害の患者などにおいても確認されており、リハビリテーションにおける心理的要因の重要性を象徴しています。臨床家の皆さんには、今後、心理的要因の筋骨格系疾患への影響について理解を深め、心理的要因も考慮したリハビリテーションを行うことを提案します。
Reference
1. Rogers TJ, Landers DM. Mediating Effects of Peripheral Vision in the Life Event Stress/Athletic Injury Relationship. Journal of Sport and Exercise Psychology. 2005;27(3):271-288. doi:10.1123/jsep.27.3.271
2. Trigsted SM, Cook DB, Pickett KA, Cadmus-Bertram L, Dunn WR, Bell DR. Greater fear of reinjury is related to stiffened jump-landing biomechanics and muscle activation in women after ACL reconstruction. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2018;26(12):3682-3689. doi:10.1007/s00167-018-4950-2 3. Dudley RI, Lohman EB, Patterson CS, Knox KG, Gharibvand L. The relationship between kinesiophobia and biomechanics in anterior cruciate ligament reconstructed females. Phys Ther Sport. 2022;56:32-37. doi:10.1016/j.ptsp.2022.06.002
4. Baez S, Collins K, Harkey M, et al. Kinesiophobia Is Associated with Peak Knee Abduction Angle during Jump Landing after ACL Reconstruction. Med Sci Sports Exerc. 2023;55(3):462-468.
文責者:水本健太
編集者:井出智広、姜洋美、岸本康平、柴田大輔, 杉本健剛、(五十音順)