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AU#36: 前十字靭帯再建手術後の前後方向のセンター・オブ・プレッシャーと着地時における膝伸展モーメントの関連性1

序文
前十字靭帯再建(Anterior Cruciate Ligament Reconstruction, ACLR)後の膝の伸展モーメントの減少、それによる健側・患側の非対称性は大きな問題です。これは、再受傷のリスクの増加、2 変形性膝関節症の早期発症、3 主観的な膝の機能の低下、4 などと密接に関連することがわかっています。減少した膝の伸展モーメントは、股関節、膝関節、足関節の屈曲可動域を増加すること、大腿四頭筋の筋活動を活性化することや筋力自体を増加させること、健側、患側均等に荷重できるようにすることによって改善すると考えられてきました。そのため、これらをターゲットにしたリハビリテーションプログラムを考えている人も多いのではないのでしょうか。上記の因子以外に、膝の伸展モーメントの大小を決める要因として前後方向のセンター・オブ・プレッシャー (COP)があります。COPは床反力作用点と言って、床反力(Ground Reaction Force, GRF)の中心位置を表したものです。この場所が後方にあればあるほど、床反力のベクトルが膝の後方を通ることになり、膝の伸展モーメントのレバーアームが長くなり伸展モーメントも増加します(図1)。バイオメカニクスの分野では当然のことですが、ACLの研究分野ではあまり触れられる機会がありませんでした。この論文は、膝伸展モーメントを効果的に増やすためには、COPを考慮しながら“どのように”エクササイズを行うのが良いのかを考えるきっかけになると思います。


論文概要
背景・目的
前十字靭帯の再建手術(ACLR)はアスリートにとって一般的な治療方法である。しかし、ACLRを受けスポーツに復帰した若いアスリートのうち、23%が健側患側関係なく再受傷が起こることが報告されている。再受傷のリスクを高くする因子が幾つかの前向きコホート研究によって発見されてきている中で、膝の伸展モーメントの減少とそれによる健側との非対称性が1つのハイリスク因子として報告されている。健者ではスクワットやジャンプからの着地中の膝の伸展モーメントの大小に関連する要因として、下肢の矢状面上の関節角度の変化が報告されてきている。しかし、スクワットのような下肢へのインパクトが低いタスクとジャンプからの着地のようなインパクトが高いタスクでは、異なる関連性が報告されている。さらに、ACLR後の患者の着地時における膝の伸展モーメントと下肢の矢状面上の角度との関係性は不明である。
最近の健者を対象にした研究では、スクワットにおけるCOP、垂直方向のGRF、そして膝の伸展モーメントの関連性が報告されている。COPは床反力の作用点の中心位置を示すもので、この位置が後方にあればあるほど、膝の伸展レバーアームを長くし、その結果、膝の伸展モーメントを大きくすることになる。ACLR後の被検者におけるスクワットにおいて、膝の伸展モーメントの対称性が垂直方向のGRFや前後方向のCOPの対称性と関連していることも報告されている。しかし、これらの関連性はジャンプからの着地時においては明らかにされていない。これまで、患側の下肢の矢状面上の関節角度、筋力、荷重の増加などが、膝の伸展モーメントを増加させ、健側との非対称性を小さくするものとしてリハビリテーションやその後のトレーニングでフォーカスされてきた。しかし、ACLR後3年経ってもこの非対称性が改善されていないことが報告されている。従って、これらへのアプローチは膝の伸展モーメントの改善という点では必ずしも成功しているとは言えない。これらの因子の相互関係を理解することは、膝の伸展モーメントを大きくするためのリハビリテーションを効果的に行うために必要なことかもしれない。本研究の目的は、ACLR後の患者の着地時における、前後方向COP、垂直方向のGRF、下肢の矢状面の関節角度、そして膝の伸展モーメントの関係を検討することである。

方法
被験者 ― ACL受傷前の修正テグナー活動レベルが6以上、テスト時にジャンプからの着地ができること、また、スポーツに特化した動きができるACLRを経験した25歳以下の女性18人(年齢15.9±2.0歳、怪我前の修正テグナー活動レベル7± 0.7、術後平均7.9ヶ月、術式=ハムストリングまたは薄筋腱を用いた再建術)

プロトコル
・2回のドロップジャンプ(素足で35cmの台から床反力板の上へ着地し即座に最大ジャンプ)時のランディングフェーズ(GRF>10Nから最大膝屈曲時までの間)において、下肢のバイオメカニクスを測定。

測定項目
・膝の最大伸展モーメント
・膝の最大伸展モーメント時の膝関節、股関節、および足関節背屈の角度、前後・垂直方向のGRFおよびCOP
・全ての測定項目の四肢対称指数[LSI (Limb Symmetry Index)=患側/健側*100)]

解析方法
・測定した項目に対して、1)健側と患側の比較、2)膝の最大伸展モーメントとの相関を、各関節角度、最大垂直GRF、前後方向のCOPとの間で検討、3)回帰分析を用いてどの因子が伸展モーメントを予測できるかを検討した。

結果
・最大膝伸展モーメント(p=0.001)と垂直方向のGRF(p=0.005)において、健側と患側の間で有意な差が認められた(健側>患側)。その他の測定項目では有意な差は認められなかった。
・最大膝伸展モーメントとの相関
   ・患側:後方COPの増加と有意な正の相関関係があった(r = 0.513, p     = 0.015)。
   ・健側:垂直方向のGRFの増加と有意な正の相関関係があった(r =     0.500, p = 0.018)。
    ・LSIは、垂直方向のGRFのLSIと有意な正の相関関係があった(r =     0.692, p< 0.001)。
・最大膝伸展モーメントとの関連性
    ・患側においては前後方向のCOP(p = 0.015, R2 = 0.227)、健側に   
     おいては垂直方向のGRF(p = 0.018, R2 = 0.213)が有意な推測因子
     であることが認められた。
    ・LSIでは、垂直方向のGRFが有意な予測因子として認められた(p <      .001, R2 = 0.621)。

結論
ACLR術後において、ジャンプからの着地時の膝の伸展モーメントにおける他のバイオメカニクスとの関係は患側と健側で異なる。患側ではより後方に位置するCOP、健側ではより大きい垂直方向のGRFが膝の伸展モーメントの推測因子として認められた。また、垂直方向のGRFのLSIも膝伸展モーメントのLSI予測因子として認められた。膝の伸展モーメントと下肢の関節角度において優位な相関関係は報告されなかった。下肢の矢状面の関節角度だけはなく、床反力計でのCOPとGRFの計測が、膝の伸展モーメントを改善することに繋がる可能性がある。

まとめ
ACLR後の膝伸展モーメントを増加させることは、術後3年経っても健側との非対称性が認められるように、非常に難しいことであると考えられます。従来、荷重を均等にすることや下肢の矢状面上での屈曲角度を増加させること、大腿四頭筋を使った運動や筋活動を増やすこと、および筋力を増加することが膝伸展モーメントの増加に繋がると考えられていました。本論文は、COPの場所が後方であればあるほど膝伸展モーメントの増加と関連があるということを示しました。論文では、ジャンプからの着地時における最大膝伸展モーメントは、着地から最大膝関節屈曲までの間の最初の30−40パーセント間にみられました。ジャンプからの着地では、足関節が底屈位から背屈に移行するのが一般的です。前後方向のCOPの位置は足と地面の接地部分(足の裏)にあることを考慮すると、接地の後、いかに速く底屈から背屈に移動させ、COPの位置を後方に移動できるかが、患側の膝伸展モーメントを増加させるポイントになってくるかもしれません。

References


  1. Chijimatsu M, Henmi R, Yokoyama H, Kimura Y, Ishibashi Y, Tsuda E. Anterior-Posterior Center of Pressure Is Associated With Knee Extensor Moment During Landing After Anterior Cruciate Ligament Reconstruction. J Sport Rehabil. 2024;33(4):259-266. Published 2024 Mar 26. doi:10.1123/jsr.2023-0296

  2. Paterno MV, Schmitt LC, Ford KR, et al. Biomechanical measures during landing and postural stability predict second anterior cruciate ligament injury after anterior cruciate ligament reconstruction and return to sport. Am J Sports Med. 2010;38(10):1968-1978. doi:10.1177/0363546510376053

  3. Wellsandt E, Gardinier ES, Manal K, Axe MJ, Buchanan TS, Snyder-Mackler L. Decreased Knee Joint Loading Associated With Early Knee Osteoarthritis After Anterior Cruciate Ligament Injury. The American Journal of Sports Medicine. 2016;44(1):143-151. doi:10.1177/0363546515608475

  4. Perraton LG, Hall M, Clark RA, et al. Poor knee function after ACL reconstruction is associated with attenuated landing force and knee flexion moment during running. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2018 Feb;26(2):391-398. doi: 10.1007/s00167-017-4810-5. Epub 2017 Nov 28. PMID: 29185004.

文責:後藤志帆

編集者:井出智広、姜洋美、岸本康平、柴田大輔、杉本健剛、千葉大聖(五十音順)



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