女の中にいる他人 (1966) 東宝
成瀬巳喜男監督
英の作家 エドワード・アタイヤ「細い線」の映画化です。
それまでの成瀬作品とは
全く雰囲気の違う 心理サスペンス映画ですが
かなり好きな作品。
後に 仏のクロード・シャブロル監督も映画化しています。
サスペンスですが
ジャスミンは 基本、ネタばれご免、です。
犯人捜しは別として
知っても なお観たい、知ったからこそ よけい観たい。
名画ってそういうこともあると思うのだけど・・・。
〇
ある日の午後、杉本隆吉 (三橋達也)は
赤坂のビヤ・レストランで 親友の田代勲 (小林桂樹)が
一人でビールを飲んでいるのを見つけ 合流し
同じ鎌倉へと帰路につく。
しかしこのあと、二人で立ち寄った地元のバーに
杉本の妻・さゆり (若林映子)が
赤坂の とあるアパートで 何者かに殺害されたという一報が入る。
杉本が指定されたアパートに行くと
そこには刑事と
さゆりの友人の加藤弓子(草笛光子)が 待っていた。
訊けば、ここは弓子のアパートで
以前バー勤めをしていて 男友達の多いさゆりは
弓子から鍵を借り 部屋を自由に使っていたという。
犯人が挙がらないまま日が経ったが
妻を殺された杉本以上に 田代は苦悩していた。
さゆりを殺したのは田代だったのだ。
妻 (新珠三千代)と 母親 (長岡輝子)
そして二人の子供たちと平穏に暮らしていた田代は
奔放なさゆりに誘惑され 幾度か浮気をしたあげく
ふとした過ちで
ベッドの中のさゆりを殺してしまった。
さゆりは情事の際、
首を絞められることに喜びを感じる女性で
田代はそのプレーの最中
恍惚としたさゆりの表情に 魅入られたように
夢中でその首に 指を食い込ませていった。
「そのとき僕は
いつのまにか細い線を越えたような気がした。
現実と夢の間にある 目に見えない線を・・・」
さゆりの葬儀の日。
この雨の斎場のシーンが
林光さんの音楽と共に 実に素晴らしく
この後は「斎場」と聞くと このシーンが思い浮かぶくらい。
「あの方はどなた?」
列席者の さゆりの友人・弓子が 喪主の杉本に尋ねる。
「あれは僕の親友、田代という男ですよ」
弓子は以前に
さゆりとある男性が 一緒のところを目撃し
それが今、目の前にいる
田代ではなかったかと 疑惑の目で見ている。
その視線を感じる 田代の妻。
「あの方は誰?」
田代も訝し気に答える。
「知らないよ」
「あの方、あなたの方ばかり見ているのよ」
捜査が進まないうちに 更に日は過ぎ
田代は仕事も手につかず 眠れぬ夜が続き
遂に、妻に
さゆりと関係があったことだけを打ち明ける。
その晩は 雷光が暴れ 停電となり
ろうそくの灯った暗い部屋の中で
夫の告白に 妻は衝撃を受けるが
停電が回復し ぱっと部屋が明るくなったとき
「もう亡くなってしまった方のことよ
忘れましょう」と言い放った。
だが田代の苦悩は ますます深く
夫の鞄から劇薬を見つけ 驚いて取り上げた妻は
気分転換に 温泉地での保養を勧め
田代は会社に休暇届を出し 出かけて行った。
しかし田代の不安はおさまらなかった。
妻を温泉地に呼び寄せ 暗いトンネルの中で
田代は妻に 殺人を打ち明ける。
弱い男なのだ。
自分の犯した罪の意識を 自分だけでは抱えられず
妻にも背負わせようとする。
果たして 妻は驚愕するが
妻の頭には 自分や子供たちを守ることしかない。
「でも、あなたを疑ったりする人はいないんでしょう」
「それは、ないと思う」
「じゃあ、あなたと私さえ黙っていれば大丈夫ね。
子供たちを巻き添えには出来ないわ。
忘れてしまいましょう」
杉本は というと、以前と変わらず 田代家を訪れては
子供たちに土産を渡し 機嫌よく相手をしている。
「嗚呼、あいつに何もかも話せたら・・
僕にはあいつの親切が堪らない!」
そんな想いに 我慢できなくなった田代は
遂に、杉本にも告白する。
勿論、杉本は驚愕し 田代を殴ったが
しかし結局、忘れろと言う。
「俺はもう 女房の相手が誰だかなんて
ちっとも知りたくなかったんだ」
けれど妻にも杉本にも 許された田代が出した結論は
警察に自首するということだった。
「自首するんだ、僕は卑怯者にはなりたくない。
自首して 堂々と表玄関から 大手を振って出て行くんだ」
机の中の物を片付け、書類を整理する田代。
もう妻が何を言っても 聞く耳を持たない夫。
「分かりました」
嗚咽しながら うなづく妻。
遠くで花火が鳴っている。
姑が子供たちを連れて 見に行っている筈だ。
夫が ウィスキーを所望する。
はい、と答えて キッチンへ立つ妻。
「こうなったら
表玄関から堂々と出て行こうとしているあの人を
私が裏口からこっそり、連れ出してあげるしかないわ」
妻はウィスキー・グラスの中に
夫から預かっていた劇薬を注いだ。
〇
成瀬監督作品には 雨の名場面がいろいろありますが
中でも最も雨のシーンが多いのは
この作品だと言われています。
この映画のファースト・シーンは
赤坂御所の前の青山通りを歩く 小林桂樹さん。
実はもう この冒頭から
何とも言えない雰囲気と 音楽によって
引き込まれてしまうのですが このシーンも雨上がりです。
桂樹さんの 歩く側の歩道と
道路の真ん中から手前半分に 水が撒かれています。
雨を降らすシーンは 出来るだけ撮影所内の
設備があるところで 降らしたいそうですが
屋外のロケでは そのロケ地で水の確保が出来れば
費用を払って その水を借りる。
水が確保出来ない所では 撮影所から散水車で水を運ぶ。
従って、ロケで雨を降らせる場合は
出来るだけ撮影所の近くで 撮影することになるそうです。
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